春の目覚め ・2
イギリスとアメリカが用心深そうにその二人に銃口を向けていた。銃口を向けているだけで撃つ気は無さそうだが、イタリアは必死に助けを求める。
そんなイタリアを見つめ、プロイセンは薄く苦笑を浮かべた。そして、そのままイギリスの足下に自分の銃を放り投げると、彼らに対して両手を挙げる仕草をしてみせた。抵抗しないという意思表示のつもりらしい。
「プロイセン…?」
不安そうなイタリアの声を聞きながら、プロイセンは口を開く。
「十分だけ時間をくれ」
「あ?」
「あいつらと話がしたい」
その言葉にイタリアが嬉しそうに笑い、イギリスとアメリカは訝しげな顔をした。
「彼らはレジスタンスだろ? 君とは敵対関係じゃないのかい?」
「アメリカ、お願いだよ、彼にプロイセンと話をさせてあげて!」
「なんで、君がそんなに必死になるんだい?」
「だって、ドイツが…。ドイツの居場所が…」
「ドイツ? ドイツは本当にここにいないってことかい?」
「え、と…」
口籠もるイタリアを横目に見ながら、イギリスが銃を下ろしプロイセンに視線を向ける。
「いいだろう。ただし、俺らにも聞かせろ」
イギリスの言葉に、プロイセンは微妙な顔をする。
「この状況下でお前に拒否権はねぇと思え」
とイギリスに言われ、プロイセンは舌打ちをしながら不承不承という態度で頷いた。
のろのろとした足取りで歩いて来る兵士二人にそこで止まるように言い、プロイセンは彼らに歩み寄る。
二人共がぼろぼろだがドイツ軍の制服を着ていた。変装ではなく、つい最近に軍を抜けレジスタンスに荷担した者だろうと雰囲気から察する。
一人は一般兵の姿だったが、もう一人の負傷した者の服装にプロイセンは眉根を寄せた。
「お前…SSか。若いな、幾つだ?」
「十七、になります」
「どこもかしこも人材不足か…。SSも形振り構わずだな。十代のガキまで入れてやがる」
そんなプロイセンの言葉に若者は少し戸惑ったように視線を俯けた。
「で? 俺に話があるって言ったやつはお前か?」
「あ、あの…! 総統閣下を除いて、我が国の次に偉い方は…」
「俺で良いんじゃね? 一応、兄貴分だし」
「…!」
若者が歓喜と安堵の入り交じった表情を浮かべたと思えば、力が抜けたのか、いきなりその場に崩れ落ちるように倒れ込んだ。
「おい」
「お、お許しください! この者は二日前の晩、仲間のSSに撃たれて殺されかけていたんです。夜中だったことと急いでいたようで、死亡の確認をすることなく放置されていて。そこを俺――私が勝手に助けて…。それで、その、ずっと高熱が下がらず、それでも国の大事を伝える必要があると本部に戻ると言って聞かずにいたもので……」
緊張しきった様子で必死に辿々しく説明を試みる若者の腕に、負傷した若者が手を伸ばす。その腕に掴まり上体を起こそうとした。
プロイセンは無言のまま屈み込み、手を貸してやる。
「お許しください。我が国を、私は、お守りすることが、出来ませんでした…。どうか、我が国を…」
「何があった? 簡潔に話せ」
浅い呼吸を必死に繰り返し、負傷した若者はプロイセンに縋り付くようにして見上げてくる。
そして、その目で見た光景をプロイセンに伝え始める。
二日前の夕刻に上司の命令で簡易の軍事裁判を行い、あの大佐の処分が行われたこと。そのことへの抗議を行ったドイツ。そして、直後に起こったドイツへの銃撃。
命令されるまま、動かないドイツを車へと運び入れたものの、我慢出来ずに移動の最中に反論を行ってしまった。国を守ることの意味を問い質そうとした途端に、車から引きずり下ろされ、そのまま自分も銃で撃たれたのだと。
ぎりぎりのところでレジスタンスに拾われ、手当を受けてみれば、至近距離から腕や胸などに四発撃ち込まれていたらしい。一命を取り留めたのが奇跡のようなものだが、このまま無事に回復するとも思えなかった。
「なぜ、祖国に向けての銃撃が起きた…? その程度で、なんでドイツは簡単に倒れた!?」
愕然とした、低く呻くようなプロイセンの声。
しばらくの沈黙の後、「おそらく…、あの命令の影響かと…」と若者の悲痛な声が答える。
「何があった…?」
プロイセンの問い詰めるような強い口調に、若者は恥じ入るように俯いた。
「先の作戦が失敗した折り、総統閣下が焦土命令を下されました…。私も、作戦の実行部隊として、閣下のお側に、おりました…」
背後にいるイタリアたちが息を呑むのが、気配で分かった。プロイセンは声も出せないまま、ただ、目の前の若者を見つめていた。
「…その時は、大臣が実行を拒否されたのです…。しかし、命令の撤回は今尚、成されてないままに、なっております」
耳鳴りがする。目の前が白く霞む。口の中がカラカラに乾くのを感じた。
気分が悪い。今にも吐きそうだ。
「ただ、その場で、箝口令は敷かれました。国家様にも伝えては、ならぬ…と」
血が、沸騰する。そんな感覚に襲われる。
「ただの、口頭での命令だと、思っておりました。大臣によって実行は拒否されて終わったものだと…」
頭がぐらぐらする。若者の声すら遠くに聞こえる。
「国家様へ与える、影響力というものを、今ごろに…気付き…。報告が、遅れたことを申し訳なく…我が国…」
酷く、吐きそうだ。
体が傾ぐ感覚に襲われ、思わず地面に手を付き体を支える。
苛立ちが、限界を迎えている。頭がおかしくなってしまいそうだった。
掠れた声が、無意識に零れ落ちる。
「不要になれば、また打ち捨てるのか、上司どもは。また、ドイツを殺そうというのか…? またドイツを…殺す気か!」
脳裏を掠めるのは、幼い少年の面影。幼いドイツのような面影。
全てを、破壊してやりたいと、本気で思った。
プロイセンは、込み上げてくる狂気めいた感情を抑える自信がすでになかった。
「プロイセン!」
イタリアが屈み込み、プロイセンの腕を掴んで必死に呼び掛けていた。
「プロイセン、大丈夫?」
イタリアの声が、プロイセンを現実へと引き留める。自分がベルリンの地にいることを思い出す。
「シャイセ! あのクソ上司、ふざけた真似を…!」
怒りに震えるプロイセンを見つめ、誰もが黙り込んだ状況の中でアメリカが不可解だと言わんばかりの調子でイギリスに質問をぶつけた。
「ドイツが上司に撃たれる? それ、どういう意味だい、イギリス?」
その質問する口調の、なんと無邪気なことか。
「…そのまんまだよ。上司が国を見捨てたんだろ」
その言葉にプロイセンが無言のままに手を握り締める。そうでもしていないと、理性が弾け飛びそうだった。
「上司が見捨てるって、何だいそれ!?」
「アメリカ。お前もよく覚えておくといいよ。上司は、人間は、時に俺たち国を簡単に切り捨て見捨てることが出来るってね。俺たちは民意と上司の命令に従い、見守るだけしか出来ないけどね」
フランスの言葉に、アメリカが信じられないとばかりにオーバーアクションで騒ぐ。
「まさか、そんなことって…。何だよ、それ! 上司が国を捨てる!? 意味が分からないよ!」