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春の目覚め ・2

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「そこのイギリスの坊ちゃんも、昔、上司に置き去りにされたことがあるんだよ。アメリカ、お前もせいぜい見捨てられないように気を付けることだね」
「うるせぇ! 余計なこと言ってんじゃねぇよ、クソヒゲ!」
「おー、怖い怖い」
 そう言ってわざとらしくフランスは肩を竦めてみせた。
「何だい、それ…。おかしいよ、そんなの…」
 認めたくないというように、アメリカは呟く。それに対して、フランスはあくまでも軽い調子を崩さずに話していた。
「おかしくないよ。今までも当たり前のように起きてきたことだ」
「当たり前って、そんなの、なんで…!」
「そういう理不尽に怒れるってことは、坊やはまだ若いって証拠だね」
「フランス、その坊や扱いは止めてくれ…」
 呻くように言い、アメリカは沈黙したままのイギリスに再び目を向けた。指導を仰ぐ生徒のような眼差しでイギリスを見遣る。
「ねえ、イギリス。それじゃあさ、焦土命令ってのは…」
 恐る恐るという調子で、尋ねる。
 イギリスは、やはり口を噤んだまま答えようとはしなかった。フランスも今度は沈黙を選んでいた。
「敵に取られるくらいなら、使い物にならないように国を焼き払えって意味だよ」
 アメリカの問いに、イギリスの代わりに答えたのはプロイセン自身だった。
「え?」とアメリカが言葉に詰まり、イタリアが凍り付いたように立ち尽くす。
 一瞬の静寂。誰もが声を発しようとはしない奇妙な沈黙。
 プロイセンは、ただ、報告の為に傷付いた体でここまで来た軍人たちの姿を見つめたまま動かない。
 どこで、この戦いは歪んでしまったのか。
 どこで、などはなく、初めから歪んでいたのだろうか。
「我が国…。この国の、正義は、どこにあるのでしょうか…」
 泣き崩れるように呟く若者の声だけが、響いた。
「我々の…戦いは、何の為だったのですか…。我々の正義は、どこに…」
 プロイセンは、屈み込んだままでゆっくりと空を振り仰ぐと、深く呼吸を繰り返した。そして、静かな口調で問いかける。
「ドイツは、どこにいる?」
 感情を押し殺した、低い声音。
 負傷した若者は涙を拭い、傍らの軍人の肩に縋り付くようにして崩れ落ちそうになる体を必死に支えながら、その問いに答える。
「郊外の、昨年に会議で使われた森の館に、お連れすると、聞かされていました」
 プロイセンは、小さく息を吐く。
「分かった。よく、ここまで辿り付いてくれたな」
 プロイセンによる労いの言葉。若者は今度は遠慮無く泣き出した。
 それから、ゆっくりと若者の手が敬礼の動作を取る。やるべきことをやったと、泣きながら力無く笑った。
 そして、そのまま腰から銃を引き抜いたかと思えば、銃口を口にくわえる。裏切りへの自責の念なのか、守れなかったことへの詫びなのか、絶望から来るものなのか。初めから、伝達が終われば自害する気でいたのだろう。
 それを見ていたイタリアが悲鳴を上げた。しかし、引き金を引く前にプロイセンの手が銃身を掴んで妨害をした。そのまま銃を下ろさせる。
「生き残って、ドイツにお前が助けたと自慢してやれ」
 そう言って、銃を取り上げたまま立ち上がった。
 無事に生き残れるのか、甚だ疑問ではあったが、それは本人も自覚済みだったのだろう。
「おい、お前の持ってる武器も寄越せ」
 もう一人の若者に向かって言うと、若者は慌てて背負っていたライフルと腰に下げた拳銃をプロイセンへと渡した。
 負傷した若者は、蹲ったまま声を押し殺すようにして、泣き続けていた。



 後方の茂みに潜んでいた残りのレジスタンスに、若者二人を連れてこの区域から離れるように言い、それからプロイセンはイギリスたちを眺め遣る。
「聞いての通りだ。お前らの目的は知らねぇが、会いたがってるドイツはここじゃねぇ辺鄙な場所にいるってことだ」
 イギリスは表情一つ動かさない。プロイセンは続ける。
「ってことで、悪いが俺様は行かせてもらうぜ」
 そう言い、イギリスたちに銃口を向けた。
「邪魔するってなら、ここでお前らの動きを封じさせてもらうぜ」
 銃の照準を外すことなくゆっくりと後退する。プロイセンは自分の乗ってきた車に近づく。フロントガラスを割られ、ドアも穴だらけにされているが車の性能に問題が生じる程ではないように見えた。
「お前一人で俺らの相手が勤まるとでも思ってんのかよ?」
「何を言ってるんだい! 俺たちも一緒に行くんだぞ!」
「あ?」
「はあ!?」
 アメリカの宣言にプロイセンとイギリスが頓狂な声を上げた。
「ここで行かないなんて、ヒーローのやることじゃないんだぞ!」
「坊やのヒーローごっこに付き合ってる暇はねぇんだよ!」
「ここで俺たちに足止めされ続けるのとどっちが良いか、よく考える事だね」
「……」
「アメリカ! 勝手に決めてんじゃねぇ!」
「俺が駆け付けなかったら確実に負けてた君に文句は言わせないんだぞ」
「てめぇ…!」
「うわぁ…。アメリカの坊やも言うようになったこと」
「さっきから、プロイセンもフランスも俺のことを坊や呼ばわりするの を、いい加減にやめて欲しいんだぞ。俺はもう坊やじゃない」
「銃の使い方も知らなかったガキが、言うようになったもんだぜ」
 時間を取られ続ける苛立ちから、嫌味を含めた口調でわざとプロイセンは言ってやる。
「ああああ、もう! 年寄りは本当に面倒くさいんだぞ!」
「誰が年寄りだ! そんなに年食ってねぇよ!」
「ちょっと、年寄りなんて言わないでってば!」
 思わず出たプロイセンの反論と、いつも通りなフランスの反論が見事に被ってしまった。
「ヴェー…。俺は早くドイツを探しに行きたいよ…」
 なかなか進展を見せないプロイセンたちの会話にイタリアが涙声で割り込んで来る。プロイセンは眉を寄せ、イタリアに再び引き返すように言いかけるが、イタリアは「俺も行くからね!」と必死に睨みを利かせてプロイセンに凄んでみせた。
「……」
 プロイセンは顰めっ面を作り、ガリガリと髪を掻きむしる。その隣でアメリカが変わらずのオーバーアクションで話を進め始めた。
「さっきも言ったように、俺たちは今は軍を率いていない。ここでのことは完全に俺たちの独断で動いてるのであって、上司や国の判断とは離れてる。ということで良いんだよね、イギリス?」
「え? …ああ、そうだな」
「ということだよ、プロイセン。戦闘行為に入ることなく、ドイツの元に案内してくれよ」
「は?」
「ちょ、何を勝手に!?」
「ドイツと話が出来ない限りは、俺たちもどうしようもないじゃないか。ここにだって、ドイツと直接話を付けに来たんだぞ。話を付けないと、俺のやることにイギリスがずっと文句を付け続けるんだからね」
「べ、別に文句を付け続けてる訳じゃ…」
「さっさとドイツを見つけて、話を付けるんだぞ! それで、俺のしたいことをさせてもらうんだからね。それで良いね?」
「お兄さんは、構わないよ」
「…分かったよ、好きにしろ」
「………」
 不可解極まり無いという顔をするのはプロイセンで、アメリカはそんなことを気にするはずもなく「案内してくれよ」とプロイセンをせっついた。
  「これは俺たちの問題だ。てめぇらに首を突っ込まれる謂われは――」
作品名:春の目覚め ・2 作家名:氷崎冬花