春の目覚め ・2
「今のお前に拒否権は無いと言ったはずだが?」
「…くそっ」
「プロイセン、急ごう? せっかくアメリカたちが時間をくれたんだ」
「…分かってるよ、イタリアちゃん。だけどな…」
「俺は帰らないからね。何度も言わせないで。時間の無駄だよ」
いつにない強気なイタリアの発言に、プロイセンは大仰に溜め息を澪した。
結局、移動はプロイセンの車にイタリアを乗せて、アメリカの運転する車にイギリスとフランスが乗り込んでいた。
荒っぽいアメリカの運転にイギリスが文句を言っていたが、アメリカは最後までお構いなしだった。
目的の館が遠目に見えて来た時、アメリカが車を並んで走らせながら、窓から身を乗り出すようにしてプロイセンに向かって大声で話掛けて来た。イギリスが「前見て運転しろ!」と怒鳴っていたが、やはりアメリカは気にも止めない。
「プロイセン! こんな郊外の、森の中の屋敷に、ドイツはいるのかい!?」
その問い掛けにプロイセンは答えないまま、睨むように前方を見つめ続ける。
「プロイセン? 君んとこ、本当に、どうなってんだい?」
「あのクソチョビヒゲ野郎…。本当に国を殺す気でいやがったのか…?」
アメリカには聞こえないだろう呟きがプロイセンの口から澪れ落ちる。隣に座るイタリアが顔を俯けた。
「Hey! 何だい? 聞こえないんだぞ!」
「何でもねぇよ!」
今度はアメリカの方に顔を向けて大声で答えてやった。
館が辛うじて見えるという位置で車を止め、後は歩いて向かう。
上司たちが秘密裏に会議などを行う為に使われていた三階建て程の高さを持つ館は、外側をコンクリートで固められ一階と二階部分には窓の無い作りという、見る者に重苦しい威圧感を与えてくれた。
記憶では、地下もあったはずだ。あれは非常事態用の地下壕だっただろうか。
館の構造を思い出せる限り思い出そうと必死に頭をフル回転させていると、イタリアが震える手でプロイセンの袖を掴んだ。
「ねぇ…、ドイツは、無事だよね…?」
何も答えることが出来ないまま、プロイセンは館に向かって歩みを進めるしかなかった。
館の表門の前で一旦立ち止まる。門柱に身を寄せて、そっと館の玄関口を眺め遣る。当然ながら、頑強な扉が閉まっているだけだが。
扉から外壁へと視線をずらしてみる。窓があるのは三階部分のみで、しかし、その三階の窓辺に見張りが立っている様子はなかった。
この館の警護に割かれている人数は少ないのかもしれない。
このまま正面突破をしてしまうか、どうにか気付かれないように侵入するか。プロイセンが思考を巡らせようとしたとき、イギリスが問いかけてきた。
「ドイツの居そうな場所は見当が付くのか?」
まさか、こいつら本気で手伝う気でいるのか? そんな思いがまともに顔に出ていたらしい。イギリスが即座に「別に、心配して言ってんじゃねぇよ!」と怒鳴ってきた。
「ばか、イギリス。声でかい!」
フランスに注意され、イギリスが腹立たしそうにプロイセンを睨んできた。何で俺様が睨まれてんだよ、と釈然としない気分に陥りつつ、プロイセンは、口を開く。
「ヴェストを閉じこめるつもりなら、最奥の部屋から通じてる地下壕だろうな」
「地下壕…! 本当、お前んとこって地下に潜るの好きだねぇ」
「大戦中はどこも地下壕造ってんじゃねぇか」
「お前んとこは、多すぎじゃない? 今も上司は地下から出てこないんでしょ?」
「……、」
確かに、あの上司になってから妙に地下が好きかも、と一瞬思いかけ、そんなくだらないことを考えてる場合かと頭を振る。
「うっせぇな。放っとけよ」
「はいはい。…で? どうやってあの館に入るわけ?」
フランスの軽口に付き合っていると自分のペースが崩れそうだ。妙に苛々した気分に陥りそうになりながら、プロイセンはこの館の構造を考え続ける。
「あー、小細工すんのも面倒くせぇな。どうせ、見張りもヴェストんとこにしか置いてねぇんだろ、これ」
そう呟き、正面切って歩き始めた。
「え? おい!?」
「Oh, やっぱり、ヒーローは正面から堂々とだね!」
驚き戸惑ったようなイギリスの声と、テンションだけは高いアメリカの声を背中に聞きながら、プロイセンは館の玄関口へと向かった。
予想通りに厳重に鍵を掛けられている扉に銃弾を撃ち込み、豪快に蹴破る。人ではない力でこそ出来る荒技だ。それほどに、扉は重く鍵は頑強なものだった。
完全にプロイセンの中にはそっと忍び込んでなどという考えは無いようで、蹴破った玄関を潜って堂々と館内へと足を踏み入れていた。
「正面突破にも程があるだろ、バカ」
呆れたという言葉にも耳は貸さないという素振りで、館の中を進む。
数分もしない内に、通路を曲がった先から数人の走る靴音が響いてきた。
さすがに、あれだけ豪快に扉を破壊してやれば中で待機中の軍人たちも血相を変えて駆け付けて来るというものだろう。
どうするの? という無言の問いを向けてくるイタリアに返事を返すことなく、プロイセンは進んだ。
角を曲がり、数メートルの距離を置いて三人の軍人と対峙する。
「プロイセン…様…」
プロイセンの顔を知る者が、呆然とした面持ちで呟いていた。それから、泣きそうな顔をし、ガクリと膝を付いてしまう。
「貴方様がここにいるということは、私のやっていることは、間違いであると、そういうことなのですね…?」
プロイセンは答えない。
アメリカはこの目の前の光景を怪訝そうに眺め、イギリスとフランスは気分が悪いとでも言いたげに眉根を寄せている。
「私は、ただ、総統閣下の命令に従って動いたまででした。しかし、それは間違いであった…と…」
男の言葉に、残りの軍人たちも愕然とした表情を浮かべて後退る。
「ああ、祖国よ…お許しください…」
呆然とした声のまま呟かれる言葉。その後方で、耐えきれないというように一人の男が絶叫をした。
「あああああああああ!!!」
狂ったように叫びながら、躊躇い無く隣の男に銃撃を浴びせ、そのまま自分の米神をも撃ち抜いてしまった。その全てが一瞬のことのように思えた。
訳が分からないというように、フランスが顔を顰めている。
血をまき散らし倒れ込む二人の軍人の姿に、「ひっ」とイタリアが悲鳴を喉に引き攣らせていた。
死に行く仲間をぼんやりした眼差しで眺め、膝を付いたままの軍人はプロイセンに笑い掛ける。
「この戦いで、私は総統閣下に忠誠を誓いました。閣下の命令は絶対でした。しかし、私は、祖国を裏切るつもりも無かった…」
握りしめた拳銃に涙が落ちていた。
「祖国よ…、お許しください、我が祖国よ…」
そう呟き、やはりその男も自らの命を絶ってしまう。
「なんで…?」
悲しそうに呟くのは、イタリアの声か。
「気分悪りぃ…」
「何だよ、これ…。お前んとこ、本当、どうなってるわけ!?」
心底気に食わないというようにイギリスが吐き捨て、フランスが理解出来ないと騒ぐ。
尋常ではない空間だといえた。このような環境で正常でいられるほうがおかしいのかもしれない。
プロイセンは黙ったまま、三人の亡骸を置いて先を進む。
「このままでいいのかい?」