君と、明日を。
このまま、終わってしまうのだろうか。
出て行けと言われたら、どこへ行けばいいだろう。
「それが、本当だったら君はどうするの?」
何か、心のそこから湧き上がる感情を抑えつけるような臨也の声が、低く、帝人の耳を侵食して行く。聴覚を蝕まれるような感覚。そして、めまい。
答えることができなくて、ただ空気を噛んだ帝人の顎をすくい上げ、臨也は無理やり視線を合わせて来る。
その、灼熱を帯びた目が、問う。
「俺が波江とデートしたっていったら、君はどうするんだって聞いてる」
「・・・っ、どうって」
「そのまま黙り決め込んで、あっさり俺を諦める?」
嘲るようなその問いかけに、帝人は流れ落ちる涙をこらえることさえできずに言葉を失った。
そんなのイヤだ、と思うけれど、じゃあデートするほど親密なふたりに、どうやって自分が割って入ればいいのかもわからない。臨也の前では精一杯の背伸びをして、できるだけ子供っぽさを隠したくて必死な帝人は、泣きわめいて無理やり臨也を自分に引きとめようとするような、卑怯な手段は使いたく無かった。
でも、じゃあ、どうすれば。
答えない帝人に、焦れたように舌打ちをして、臨也が手を離した。
そのままその右手を帝人の前につきだして、言う。
「いいよ、帝人君にとって俺がその程度の存在だって言うんならさ。鍵、返してよ」
「・・・っ」
「ここの鍵と、家の鍵。その、腰のベルトのところにキーホルダーに通して付けてるの、俺に返して」
差し出された手は、大きくて。
いつも帝人を優しく扱ってくれたから。だから忘れていたのかもしれない。その手が本気を出したら、帝人のような非力な人間など、簡単に抑えつけてしまうことも、帝人が大事に磨いているその鍵などいとも簡単に奪っていけることも。
帝人はゆっくりと、腰につけた鍵の束に手を当てた。
冷えた指先にも、その金属の感触がさらに冷たく触れる。
これは、自分と臨也をつなぐ鍵だ。あの温かくて幸せな住処の鍵。いくら嫌だと言って奪われないように抱え込んでも、臨也はきっとあっさりと帝人からそれを奪いとってしまえる。
そんなのは分かっていて、だから、ここで嫌だとダダをこねるのは無駄なのだ。臨也にここまで言わせてしまった自分が悪いし、捨てられるのは、帝人が至らないからだ。分かっているのに。
よく、分かっているのに。
「・・・やだ、っ」
帝人は、大粒の涙をこぼして目をぎゅっと閉じ、腰に付けた鍵束を握りしめた。
「や、です、これは・・・絶対、」
できるだけ小さくなって、膝を抱えて顔を伏せた帝人の耳に、臨也が大きく息をつく掠れた音が聞こえて、そして。
臨也の手が、帝人が握り締めている鍵束に伸びた。