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君と、明日を。

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後編





鍵を握りしめた帝人の手に、重なった臨也の温度。
「・・・よかった」
その声が、空気に溶けるように吐き出される。


「これであっさり鍵を返されたら、どうしようかと思った」


先程までの冷たさをようやく消した声に、恐る恐る目を開いた帝人の頬を涙がするすると滑り落ちた。
「臨也、さん?」
てっきり鍵を奪い取られると思っていた帝人が、不思議そうにその名前を呼ぶと、臨也はその顔を自分の肩に押し付けるように、強く抱き寄せる。冷え切った帝人の頬に、ようやく温かな温度が触れた。
「・・・君が嫌だって言ったって俺は君を離さないから」
「臨也、さ」
「ヤバイよね俺。今、足折ればとりあえず家から出さなくて済むな、とか、本気で頭をよぎった」
「っ、臨也さん!」
試されたのか?という複雑な思いと、そうされても仕方がない事を言った事実が、帝人の中で混在して心がざわついた。手放さなくてもいいのか、この鍵は。まだ自分と臨也は、繋がっているのだろうか。
「帝人君は、こんなに俺を振り回して、まだ不安なの?」
おかしいよね、と臨也が自嘲して、小さくその肩が震えた。帝人はなんと答えればいいのかわからなくて考えこみ、言葉を見つけられずにとりあえず臨也にしがみつくように腕を回す。強く、強く、懸命に。
ああ、ずっと寒い中で縮こまっていたせいで冷えた体が、臨也の温かさに触れて溶けるようだ。
「・・・僕、不安です」
「うん、なんで?」
「だって・・・っ」
そういえば、楽しみにしていたデートだけれど、レストランの予約の時間にはまだ間に合うのだろうか。許されたなら、せっかくの恋人たちのイベントだし、ちゃんと過ごしたいけれど。
でも、もしかしたらこれは二度と無いチャンスかも知れない、と帝人は思った。
今なら、全部吐露して、全部全部ぶつけて、不安を取り除けるかもしれない、と。
今なら臨也に駄々をこねても、呆れられないかもしれない、と。
「信じていたいのに、分かってるのに、でも、否定して欲しくて・・・っ。こんな、子供っぽいって、迷惑だって、思うのに・・・」
「うん」
「寂し、くて。臨也さんは、今年忙しいって分かってるのに、それでも、休日くらい一緒に居たいって」
「・・・うん」
「なのにっ、矢霧せんせ、とは、でかけっ・・・っぅ」
そこでついにこらえきれずもう一度涙をこぼし、帝人はその涙を臨也のスーツに押し付けた。みっともない、もう一度思う。こんな馬鹿らしいほどの嫉妬、器が小さいと思われても仕方がない。
「冬休み、帰るって言っても、臨也さん、居て欲しいって言わなかったし、もう、僕なんか要らないのかって・・・っ」
「馬鹿?」
泣きながら告げた帝人に、呆れたような、それでいてどこか優しく甘やかな声でそう告げて、臨也がようやく手の力を緩めた。そうして、ぐしゃぐしゃの泣き顔を晒す帝人の頬を舐め、目元にゆっくりとくちづける。
いつも、恋人同士の行為をするとき、こうして帝人の涙を舐めてくれる臨也の温かい舌が、帝人は好きだった。そのざらつく感触と、色気のある唇の色が紡ぐ自分の名前が、何よりも好きだった。
「帝人君は、」
目の前、切なげに眉を寄せて、臨也は泣き出しそうな顔をする。ゆっくりと息を吐くと、その吐息が帝人の前髪を少し揺らした。
「俺が、どんな思いで君と居ると、思ってるの」
その硬質な響きに息をつまらせ、帝人はもう一度言葉を探した。どんな思いで自分といてくれるのか、分かったらこんなふうに悩むことはない。
ただ、自分と同じように、ずっと一緒に居たいと思ってくれたら、嬉しいけれど。
「俺の愛は重いんだよ、君には重すぎるんだ。叶うなら手足の自由を奪って死ぬまで俺しか見えないようにしてやりたいさ」
吐き出すように言うその言葉の意味が、上手く理解できなくて帝人は瞬きをした。何か、とてつもなく物騒な言葉を聞かされた気がしたけれど、普段の優しい臨也から想像もできないその単語に、思考回路が追いつかない。
そんな帝人のわからないというような視線を受けて、臨也は胸の内からせり上がる感情を抑えきれず、吐き出した。
それはずっと帝人にぶつけてやりたいと思っていたこと。
大人のくせに収まりきらない嫉妬と懇願の、あまりに子どもっぽい感情。
「居てって、言いたかった!」
長期の休みだからこそだ。
実家に帰る?君が帰る家はここだろうと、何度言ってやろうかと思ったことか。でも、それじゃ意味が無い。帝人が居ると言ってくれなければ、臨也にとっては。


「居ろって、言いたかったよ!でもそんなこと頼まなくても側にいてくれるんじゃないかって、願った俺が馬鹿なのか?君が、実家に帰らないで臨也さんの側にいますって言ってくれるのを待っていた俺が、愚か者か?俺ばっかり・・・っ、俺ばっかり君に好かれたくて必死で、時々死にたくなるよ!」


響き渡った声は、まるで帝人の心をそっくりそのまま映したかのように揺れて、二人の間の空気をこぼれていく。そう言えば音は振動で伝わるのだ、と聞いたことがある。ならばこの声を聞いて心が震えるというのは道理なのだろう。
自分ばっかり、そう思うのは帝人だって同じなのに。どうして臨也が不安になるというのだろう、そこまで考えてようやく気づいた。帝人がそう思うのと同じように、臨也だって思ったのだろう、どうして帝人が不安になるのかと。それが分かってようやく、帝人はすれ違った根本を理解した。
結局、自分の想いが相手に比べて大きすぎる、と二人ともが思っていたのか。馬鹿みたいだ、これこそ正しく痴話喧嘩ではないか。
強張った臨也の表情は傷ついた子供のようで、その頬を涙が一筋零れ落ちる。
ああ、同じだ。好かれたくてたまらなくて我慢して、カッコ付けて余裕なふりをするくせに、結局我慢できなくなる。触れたくて、ワガママを言いたくて、たまらなくなる。
結局、不器用で。
帝人が指を伸ばしてその涙に触れると、はっ、と小さく息を吐いた臨也が、その手を上から捉えて自分の頬に押し付けた。帝人の意志でここに残ると言わせたかった、と告げた臨也の唇に、触れる指先。でも今こうやって、それを吐露してしまった時点でその野望は潰えたということで、つまりはそのくらいなりふり構わず帝人に居て欲しいと思ってくれたというなら、不安になる方が失礼な話なのかもしれないけれど。
「・・・邪魔じゃ、ないですか」
それでも予防線を張って、尋ねる声が震えた。
帝人はもう一度自分の視界が滲むのを感じて慌てて目をこする。馬鹿だね、繰り返した声はとても弱く、それでも泣きながら笑おうとしてひきつる臨也の表情が、たまらなく愛しかった。
「邪魔じゃないよ・・・不可欠だ」
「っ、居ても、いいですか・・・っ」
ああ本当に、なんでこんなことになってしまったのか。
ただ大人になりたくて必死に背伸びをしていた帝人に必要だったのは、ただ一言、問いかける勇気だけだったのかもしれない。そして臨也が望んでいたその一言を、ただ思うままに言えば、こんなことには。
「それは、あの家にってこと?それとも、冬休みのこと?」
この問いかけには、間違っちゃいけない。
作品名:君と、明日を。 作家名:夏野