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あなたがさいきょう

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思わず居住まいを正すと、顔を上げた帝人が頬を赤く染めたまま静雄を睨んだ。今にも泣き出しそうな表情で眦に涙を湛えて上目遣いに睨む顔は、こんな時だがとても可愛らしい。
引き寄せて目元にキスを落とし、引き結ばれた唇をこじ開けて貪りたいくらいに煽情的なのだが、同時に何かが静雄の本能に危険だと訴えた。
そんなことをすれば帝人が怒るとか、そういった類の事ではなく―――怖い。どこをどうとは言えないが、とにかヤバいと静雄の本能が理性に訴えかける。
「すみません、僕…帰ります。1人で帰りますから、静雄さんは当分家に来ないでください。電話もメールも禁止です街で見かけても声掛けないでくださいていうかしばらく口聞きません、もちろん誘拐監禁盗撮その他も応じません」
「み、みかど…」
「平たく言えば『絶交』です」
「帝人おおお!!?」
はっきり言えば八つ当たりだ。どちらかと言えば新羅の挑発に引っ掛かったのは帝人で、だから一方的に絶交宣言される謂われが静雄にはない。ないのだが、それに気づける余裕もなく、ついでに帝人を丸め込めるだけの口先もない。あるのは、敵を逃さない敏捷性と腕力だけだ。
その機敏さを生かして、帝人が立ち上がるより早くその肩をそっと押さえた。そっとといっても静雄の力だ、それだけで帝人は身動きが取れなくなる。
物理的に逃げを阻止された帝人の眼が、これ以上もない冷たさを放つ。ふいと顔を反らされて、静雄は帝人の肩は押さえたままソファの背に身も世もなく崩れ込んだ。
「えーと、……このパターンだと当然この後僕が静雄にボコ殴りだよね」
「『天網恢恢』って、こういう時に使うといいんですよセルティさん」
『おお、そうか。じゃあ新羅は天網恢恢だな』
「嬉しそうなセルティも素敵だけど、ちょっと待ってこれ天罰!? ていうか、そこで溶けかけのクラゲのように駄々泣きしてる静雄は面白い…、じゃなくて、はっきり言えばとばっちりだよね」
「そうですか?」
「置いてかれても鬱陶し…、いや可哀そうだから連れて帰ってあげなよ」
「何のことでしょう」
「静雄も、泣いてないで弁解なり言い返すなりしなよ! だいたい君全然悪くないじゃない、僕がちょっと洞察力に長けていたというだけで」
「み、みかど…」
「『声掛けないでください』って言ったじゃないですか」
取り付く島もない帝人に、『池袋最強』が声もなく泣き崩れる。はっきり言ってとてもじゃないが一般人には見せられない姿だ。臨也あたりが見れば大笑いするだろうが。
『ちょうどいいじゃないか。私も帝人に似たような相談をされたんだ』
「セルティさん!」
「…へ?」
そんな二人に助け舟を出したのは、意外というかやはりというか、成り行きを見守っていたセルティだった。
『帝人は、お前に我慢させてるんじゃ無いかと気に病んでるんだ。それで、なにか体力をつける方法は無いかと私に聞いてきた』
帝人は顔を青くしてセルティに詰め寄ろうとするが、肩を押さえ込まれている所為で身動きが取れない。「ダメです」「内緒です」と身振り手振りでジェスチャーを送るが、妙な所でこの妖精は鈍感だった。というか、案外そちら方面には寛大だったらしい。
『何も恥ずかしがる事ないじゃないか。互いに相手を思い遣っての事なんだから、むしろ本人同士でちゃんと話をするのがいちばんいいと思う』
「そ、…れはそうですけど」
『静雄が無理強いしてるというなら私も止めるが、帝人もするのは嫌じゃないんだろう?』
「……嫌じゃないですでもそれをわざわざ本人の前で言わなくてもいいじゃないですかセルティさんの馬鹿ああああ!!!!」
『み、帝人???』
本気で今にも泣きだしそうな帝人に、セルティがおろおろとPDAをかざす。
肩を押さえる腕の所為で詰め寄る事もソファに伏せる事も出来ない帝人は、とにかく顔を隠したいと静雄の腕に頬を寄せた。驚きに緩む腕を振り解いて、そのまま広い胸にぎゅっとしがみつく。
一方静雄は、むしろ自分を気遣っているという帝人の言葉に驚き、罪悪感を感じていた。いつも気絶寸前まで―――時には泣きながら気を失うまで止める事が出来ずにいる自分に、被害者である帝人が気を病む必要など無いのだから。
「まあ、こういう事は相性もあるからね。どっちが悪いとかいう事じゃないんだと思うよ」
『そ、そうだな。むしろ相性が良すぎるから静雄が突っ走るんだと思うぞ』
「…セルティさんは黙ってて下さい。お願いですからもう黙っててください!」
『に、二度言った…!』
「え、まさかのセルティ? 僕スルー???」
帝人の言葉に打ちひしがれたセルティが、『なんとかしろ』とPDAをかざしつつ新羅に詰め寄る。静雄の胸に押し付けて顔を伏せたまま、帝人が冷たい声を投げた。
「当たり前じゃないですか…、新羅さんはセルティさんの分も責任もって、有効かつ実行可能な対策を今すぐもりもり提示してください。効果の程次第で後日お礼に参ります」
「御礼参りってそれちょっと意味違う、…いや、うん真面目に考えるからちょっと落ち着いてセルティもげるもげる首もげちゃう!」
「もういっそそのまま絞めちゃいましょうか」
「いやいやいやいや、何言ってるのかな帝人くん。もう、静雄もいい加減立ち直りなよ、悩んでるだけじゃ問題はなにも解決しないんだよ!」
珍しくもまともな事を言う新羅に、セルティがやっと手を離す。帝人も伏せていた顔をおずおずと覗かせたが、その目元がちょっとだけ赤い。
「取り敢えず、帝人くんをどうにかしたところで静雄相手じゃ全部無駄だと思うんだよね。だからこの場合、どうにかするとしたら静雄の方かな」
「どうにかって、…具体的にどうすればいいんでしょう?」
「薬物使うのは危険だし、そもそもどの程度効くのかもわからないからねぇ」
鎮静剤にしろ麻酔にしろ、分量を間違えば命にかかわる。静雄の場合はかかわらない気もするが、量が多ければ寝てしまうからそれでは投薬する意味が無い。
「血の気が多いなら抜けばいい。―――って事で献血でもやってみる?」
「そうですね、いっそ1Lくらい抜いて貰ったらどうでしょう」
「それって普通に致死量だからね帝人くん」
「大丈夫ですよ静雄さんなら。僕、信じてます」
「帝人…!」
「いや静雄、そこ感動するとこじゃないから。ていうかさっきから、僕がツッコミなのかいこの面子?」
『私は喋れないからな』
新羅にだけPDAを見せて、セルティは静かに成り行きを見守る体勢だ。さっき帝人に『黙ってくれ』と言われてしまったのが、実は相当堪えている。




作品名:あなたがさいきょう 作家名:坊。