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円環

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畳数畳ほどの狭い荒地に降り立った主は、欠けた素焼きの碗でビニール袋へ土をすくい入れる。
乾いた黄砂が横殴りに吹きつけるたび、僅かに生えた草花はなぎ倒されそうになるが、かろうじて丈の低い物だけが地面にしがみついていた。それを少しだけ貰って帰る。
元来あまり器用なほうではない主が、根を傷つけぬよう恐々と露草に似た紫色の花を掘り出しているときに、ふと手をとめた。

「何か固いものが埋まっているな」
「皿の破片か、壊れた銃火器か……まあ、きっとろくなもんじゃないよ。堀りにくかったら別のところにしなよ」
「このまま埋めておいても仕方がなかろう。この位置では、伸びる根にも邪魔になる」

そういって主が土の中から掘り出したのは、手のひらに乗るほどの大きさの薄い金属板だった。表面には日付が刻印され、文字のくぼみには黒土が溜まっている。
俺はその金属板を見たことがあった。まだかろうじて放送局が機能していたとき、ノイズだらけのテレビ映像の中で目にしたのだ。

「……チケットだ」
「なに?」
「チケット、切符だよ。ロケットの搭乗券。国から発行されている、正式な……。なんでこんなところに」

抽選券を手に入れることすら困難な程、すさまじい倍率のチケットだった。入手出来た者は当然少ない。
どうしてここに埋まっていたのかはわからない。ここで争った誰かが落として行ったのか、どこかへ届けられようとしていたのか。個体識別認証タグには、まだ誰の名前も指紋も登録されていなかった。指が震えそうになる。

「有効期限は」
「今月の……ああ、切れてない。あと三週間もある。幹線はだいぶ塞がってると思うけど、まわり道しても十分間に合うよ。倉庫に古いガソリンがまだ余ってるはずだ」
「凄いじゃないか」
主は嬉しそうに笑った。興奮も動揺もなく、すんなりとしていた。一時早まった心拍数が治まった俺は途方にくれていた。

「間に合うのなら、お前が持って行け」
「お前がって……あんたはどうするのさ」
「どちらにせよ俺は行かぬ。父の眠るこの地から離れるわけにはゆかぬし、まだ生きているこの星を見捨てるには忍びない」
「そんなの、俺だって嫌に決まってるじゃない。一人でなんか行けるわけないし、こんなの一枚きりあったって意味がない」
「お前は行け。行って、次の星を愛してやれ」
「無茶言うなよ、冗談じゃないよ」
「そう言うな。生き方が選べるのなら、そのほうがいい。可能性があるのなら。もう、ろくな手当てが出せるでもないのに、お前はよく働いてくれた。その貢献に報いるものだろう、これは。俺はあまり信じないが……ほら、奇跡というのは、こういうことだろう?」
「――あのね、」
舞い上がった砂粒が唇に張りつき、手の甲で拭う。口を開いた隙に入り込んだ粒が奥歯の間に挟まり、気味が悪かった。
「……嫌ですよ」
風が強いので、声は掠れた。

記憶にあるうち一番頻繁に思い出すのは、やはり例の、数百年前の出来事なのである。
あの時代は、あまりに全てが鮮明だった。なかでも特によく見る光景は嫌なものだ。今でもシーツを冷たい汗で濡らして飛び起きる。
戦なのだ。遠くから鬨の声が聞こえる。日が翳り押し包むように夜の気配が濃くなる中、俺は木立の間へ身を隠し、息を潜めている。生い茂った下生えの上に横たえた傍らの体から感じ取れる呼吸が、少しずつ浅くなるのがわかる。動かしたいが傷が深くて動かせない。なすすべなく膝をつき、ひび割れた唇を時おり、竹筒の底へ僅かに残ったぬるい水で湿らせる。
その唇が「行け」と、肉体の衰弱に反して意思的に言葉を紡ぐところで、きまって目が覚めるのだった。そんな朝は食堂へおりていって、温めすぎた牛乳を吹いて冷ましている主を見るだけで、安堵にこめかみが痛んだ。

もうこれで何度目になるだろうか。主はいつも、望むように波乱のただ中にいる。家族に看取られ、布団の上で穏やかに寿命を終えるということがないらしい。
思えば戦火の中でばかり出会うのだ。雨に濡れた密林の奥地を這うように進む行軍部隊で出会い、植民地化された領土の片隅で立ち上がる民として出会った。抗いがたく場に吸い寄せられ、今ではないときの今ではない場所を、繰り返し思い出す。強い力がはたらく磁場の中心には、いつも謀ったように彼がいる。
どんな色の肌や髪や目をしてどこへいようとも、どういう性格でどういうやり方をしていようとも、駆ける速さだけは変わらない人だった。振り向かず失速せず、明確に。およそ人間とは思えぬ精度で駆ける。

なぜか常に彼の横へ居場所を与えられる俺は、その時々の様々な役割を果たす格好を取りながら、実際、ただ目を奪われていた。
それにしても、なんとも鮮やかに取り残されるのだった。この世に留まる時間が彼より長いにしろ短いにしろ、それはあまり関係のないことに思えた。
瞬きを繰り返すと、ゆっくりと回って紡がれる時間の束が目の前を横切る気がした。めぐる時間からの離脱の誘惑は、こうして常に手のうちへ晒される。だが足は動かない。
いつの時代も世界を置いて自在に駆け得た彼が、世界に置いてゆかれる日がくるのは辛い。辛すぎて去れず、辛すぎて今またこうしてここに立つのかもしれない。

そのとき、地平の向こうに土煙が立った。彼方の一点から、誰かが闇雲に蛇行しながら近づいて来る。
バイクだった。どこかを目指している様子はないが、移動の速さを見ているとスピードは相当出ていた。緊張が身のうちを掠めると同時に、強く腕を引っ張られる。

「車に戻るぞ!」
どちらかといえば鈍感なほうだが危機感にはよく鼻の利く主に促されるまでもなく、その背を追って駆け出した。
まだこのあたりにも、残ってはいるのだ。自暴自棄になって車でやたらにスピードを出し激突死する人間や、または意図的に他人を轢き殺す人間が。
主を先に押し込み、滑り込んだ運転席でエンジンをかけると同時にバイクが突っ込んできた。すんでのところでアクセルを踏み込んでハンドルを切る。衝撃と共に、サイドミラーが折れる鈍い音がした。

「シートベルトして! 伏せてて!」
「銃はどこだ!」
そんなものはいいから、と叫ぶ前に自力でそれを探し当てた彼は、自分の側のドアを蹴り開けた。ひっくり返されたダッシュボードの収納から、古いビスケットの箱と包帯とメモパッドが転がり落ちる。

すぐ横を並走するバイクの男は、耳ざわりな声をたてて笑っている。ハンドルから離れた片手の下から黒い小型銃がちらりと見えた。ぞっとした。
「ちょっと!」
その瞬間、傍らでなにかが膨れ上がった。炎が爆ぜるときの熱量に似ていた。生命力に満ちた、力強いなにかだった。直後に銃声が響き、主はすばやく扉を閉める。
車の横腹に食い込んだ弾丸が噛み付くような固い音をたてたが、目に見える別状はなかった。かわりに前輪を打ち抜かれたバイクは横転して、シートから投げ出された男が地面に転がり落ちる。恐らく死んではいないが、追って来る様子もない。

愚かな、と主は呟き、銃口を下ろした。
「理解に苦しむ」
「……うん」
張り詰めていた筋肉が緩む。
俺はバイクの男を絶対に許さないと思ったが、その行動はわからなくもないとも思った。主の目は冷たい湖のように澄んでいる。
作品名:円環 作家名:haru