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忘却の徒

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沖田は腕をうしろに組み、踵で軽く数回足踏みする。足がつめたい。
濡れた庭の地面はぬかるんでいても、ここの畳は新品でさらりとしている。たしかな弾力で足の裏をしっかりと押し返す。
それは、心地いい気がする。すこしおもはゆい気もする。沖田はあまり考え深くないたちなので、どちらなのかよくわからない。

いつのまに火をつけたのか、背後から煙の匂いがした。煙は、顔の横に細く流れてきて庭のほうへ消える。
酒を食らってもいいって、お許しが出ちまいましたぜ。
そういったときにどう渋面を作るのかを観察しようと、沖田は煙草をふかす土方を振り返った。
土方の視線は沖田を通り越して、庭へむかっていた。彼は、先ほどまで沖田が見つめていたところと同じ、庭の闇が深いところを無表情に眺めていた。
ふうんと思った。
「あんたには、客がみえるんでしょう?」
沖田は足踏みをゆっくりと繰り返しながらいう。煙のゆくえを目先で追う。土方から吐き出される煙は唇から離れるにしたがってかぼそくなり、そのうち暗闇に吸い込まれる。
「まだ寝言いってんのか。人騒がせな猫一匹で、カタはついたんだろが」
「猫なんて、それこそいやしねェや」
土方は何もこたえなかった。足元に自分の差料を転がしたまま、黙って煙草をすっていた。
いつのまにかシネマが終わり、奇妙にあかるいバラエティへと番組が移っていたテレビから、華やかな笑い声が沸き起こった。部屋は無音ではないのに、沈黙の底が深い。

土方の刀を収めた拵から伸びる下緒の暗い赤さが、さっきシネマの中で女優が着ていた着物の赤に似ていた。しなびた感じで、あまり好きではない色だった。
土方が息を吸いこむたび、くらがりにちらちらと光る煙草の先は燃え盛るような色だ。
せめて、ああいう色を持てばいいのだ。沖田は思う。
でも、黒とかグレーとか、闇に溶けるような暗い色ばかり好んで身に着ける男だから、きっと火のような赤なんて、それこそ煙草ぐらいしか持たないだろう。
他人の下緒についてあれこれ考えを巡らせていた沖田は、その意味のなさにふと気が付いておかしくなった。別に何色でもいいではないか。

「俺は、眠たいからもう寝まさァ。近藤さんにもそう言っといてくだせえ」
沖田はいまだ手の中にあったリモコンでテレビを消して、それを土方の右手へ押し付けた。おそらく意識して右手を開けていたであろう彼は、すこし嫌な顔をした。
「おやすみなせぇ」
後ろ手に障子を閉めて廊下へ出ると、素足に触れる板張りの床が思いのほか冷えていた。もうなかば訪れかかっていた春が、急に遠のいてしまったような寒さだった。
すぐつめたくなる両手を袂に隠すようにして、沖田は自室へむかった。
作品名:忘却の徒 作家名:haru