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忘却の徒

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「んな年で肝臓がイカれたら、笑いモンだぞ」
「崩壊まで秒よみな土方さんの肺よりゃマシだろィ」
「あー、うっせーなぁ。とにかくもうだめだ。今日は寝ろ。俺ももう寝る」

沖田は憮然とした。なんと理不尽なことか。この愛煙家が他人の健康を気遣うなど、はなはだ図々しいこと極まりない。
とてもものすごく、なりふりかまわず飲みたかった。
だから、土方が銚子にすこしだけ残っていた酒を杯にあけて口にふくんだ瞬間に、襟首をつかんですばやく唇をあわせた。
ぎょっとした相手の唇から、なまぬるい液体が舌先に転がってくる。
液体は鋭利で、喉と胃をきりきり刺した。飲みきってしまうと、舌のうえにはとろりとした夜の深淵が残った。煙草の味がした。苦かった。
つむったまぶたの裏に、呆然としている土方の顔が浮かんで愉快だった。
ただ、その顔のうしろにはなんだかよくわからない黒い穴がぽっかりと口をあけていた。また、ろくでもないものをしょってるなァと沖田は思う。
ろくでもない色を身につけて、ろくでもない酒を飲んで、ろくでもない説教をする。土方ときたら、本当にろくなものではないのだ。副長にはまったくふさわしくないので、はやく自分がとってかわりたいと思っている。

「この酒、安酒でしょう。ちっともうまくねェや」
唇を離した沖田は真顔でいった。
猛烈に怒っておもてへ出ろと言い出すか、腰を抜かして絶句するか、ふたつにひとつかな、と思っていると、土方はためいきをついた。
もう、驚いてはいなかった。お前の嫌がらせも最近手がこんできてかなわねぇな、と呟いた。
ずいぶんと遊びなれたせりふを吐くので、癪にさわった。唇がつめたかったのも気にくわなかった。何もかもが面白くない。
でも、顔には出なかった。沖田はなにもかもが面白くないときでも、やたらめったら楽しいときでも、どちらもあまり表情に出ない。そういうたちだ。
「なんでお前が怒ってんだよ。わけがわからねえ」
呆れた声で土方はいった。
それなりに長い年月を共にいるが、沖田はいまだに土方のことをはかりかねる。かなり手玉に取りやすい性格なのに、はかりかねる部分がある。それさえなければ、明日から自分が副長だ、と思うのだ。いつでも。
「猪口とんな」
そう言って沖田に杯を取らせると、土方は銚子から酒を注いだ。
沖田はぼそりと呟く。
「まどろっこしい」
「コップでばかばか飲むから、お前は知らないうちに量ばっか飲むんだよ。またひとの上で吐いたら殺すぞ」
杯をあおると、まずい酒が喉をすべりおちてきた。
一体どんなひどい酒を飲んでいるのかと思って銘を聞いてみると、近所の酒屋に置いてある無難な銘柄をこたえられた。沖田もよくコップでごくごく飲んでいるやつだ。
嘘ばっかり、と思う。暗いので、ここからでは瓶のラベルまではよく見えない。

器にたたえられた液体はすぐなくなってしまう。もっと、もっとと何度も注がせた。
猪口に五杯ぽっちで、背中が温かくなってきた。砂地が水を吸い込むように、からだがアルコールに対して素直になっていた。きっと味が、攻撃的にすぎるからだ。
銚子を一本あける頃には、まぶたが猛烈に重くなっていた。
「おいコラ、眠いんだったら、部屋いって寝ろ。ここで寝んな」
わかってまさァ、と言った気がする。はっきり言った気がするのに、気がついたら顔のそばに床板があった。
「総悟、テメ、ひとの話聞いてんのか! 厠の前に転がして帰るぞ!」
そんなに怒鳴らなくても、大丈夫なのに。
自分には、とびきり性能のいい帰巣本能がついている。どこで眠ったって朝までには部屋へ戻れる。
とても眠かったので、それは言葉にならなった。
睡魔には逆らえない。なんたって相手は眠りの魔物なのだから、眠いのも眠れないのも、それは自分のせいではない。眠りに落ちる頭の傍らで、そんなことを思う。

沖田は騒いでいる土方を尻目に、そのうちぐっすり眠ってしまった。
でも朝起きたときにはちゃんと布団のなかに収まっていて、頭は枕に乗っかっていた。
これは才能だ、と沖田は自負している。刀と同じく、利便性のたかい能力の一部なのだ。
作品名:忘却の徒 作家名:haru