LILAC
ルートヴィッヒは、自分は現実主義者だと信じていた。占いだ幽霊だなどという話は一切信じなかった。だがそれは、錬金術を学び始めたことから、少し変わり始めていた様な気がする。それに、たくさんの見習いの集まるこの島には、魔法や幻術などというものを学ぶ者もいた。だから自分は無理にでも信じなくてはならなくなったのだ。しかし、それよりも大きな存在が、それらよりもはるかに信じがたい存在が、目の前でへらへらと笑っていた。それは数分前に、空から降ってきたのを自分が受けとめたからだ。落下の衝撃は受けとめられる直前に広げた翼の抵抗おかげでなんとか耐えられたものの、落ちてきたあたり、まだろくに飛べもしないらしい。そして今現在、飛べもしない天使と島の端のこの小屋の机で向き合っていると思うと、なぜかため息がでた。
その落ちてきた天使は、自分が地上に来た理由を話し始めた。
「俺、転生するために必要な“ココロ”っていうのを探しにきたんだ。俺さ、天使としてまだまだ未熟なんだって。それをこの小瓶いっぱいにためないと転生出来ないんだ!」
フェリシアーノは5センチ程度の小さなガラスの瓶を机に置いた。
「だから、ね、ルート」
ルートヴィッヒの手をとるフェリシアーノ。しっかりと目を見つめる。天使の迫力に少し怖じ気付くルートヴィッヒ。
「な、なんだ?」
「協力して!」
「何故そうなる!さっき会ったばかりだろう!?」
「これだけ話せばもう友達だよ~!だから、ね?ね?」
ぐいぐいと迫るフェリシアーノ。ルートヴィッヒが口を開こうとしたその時、
「ルッツ帰ったぞ!…っておぉ!?なんだこの子!羽だ羽!」
玄関が開き、剣を携えた銀髪の男が入ってきた。フェリシアーノに駆け寄り、その白い翼に触れた。
「ヴェ~?」
「おほっ!すげぇ本物だ!」
「兄さん…はしゃぐのはよしてくれ…」
そんなルートヴィッヒの言葉はよそに、本物の天使の翼に興奮し続ける兄。
「兄さん?ルートのお兄さんなんだ!はじめまして俺フェリシアーノ!天使だよ!」
「俺はギルベルト。よろしくなフェリシアーノちゃん!まさか本物の天使だとはなぁ!」
フェリシアーノは、こちらに来た理由をギルベルトに話した。するとギルベルトはフェリシアーノの背中をバシバシと叩き言った。
「そーかそーか!天使も大変なんだな!俺様もできることは協力させてもらうぜ!」
「本当!?」
「ちょ、兄さん!こんな怪しい奴を信じて大丈夫なのか!?」
思わず立ち上がるルートヴィッヒ。ギルベルトはニヨリと笑った。
「大丈夫だって!こんなかわいい子が悪い奴な訳ねぇだろ?」
自分の弟にそれだけ言うと、すぐ天使に向き直った。
「フェリシアーノちゃん、これからこっちでくらすんだろ?」
こくりと頷くフェリシアーノ。
「瓶がいっぱいになるまで帰れないんだ」
「じゃあうちに来ればいい!」
「何故そうなるんだ兄さん!」
「やったぁ!本当に!?わーい!ルート!これからよろしくね!」
「無理だ!!」
「いいじゃねぇかルッツ!家の長は俺様だぜ?」
「だが兄さん…!」
言葉を詰まらせるルートヴィッヒ。小屋内が誰もいないかと思うくらい静かになった。
「…すまない。」
ルートヴィッヒはそれだけ呟くと、少し早足で小屋を出ていった。扉の閉まる音の後、壁越しに小さく走る音が聞こえた。
「ルート!?」
「大丈夫だフェリシアーノちゃん。あいつはすぐに帰って来る。」
「でも…。やっぱり心配だよ!俺、探しに行って来るよ!」
ルートヴィッヒの後を追おうと立ち上がるフェリシアーノ。もうドアノブに手をかけていた彼を諭そうとするギルベルト。
「待てって!島全体を探すつもり――」
ギルベルトの言葉を聞くこともなくフェリシアーノは小屋を飛び出していた。
上手く飛べない天使は、迷う様子もなく、真っ直ぐに地を走り続けた。