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スノードーム

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 夏真っ盛りのあの日、自分の隣で一緒に雪を見ようと言った帝人が思い起こされる。どうしようもない願いだと思った。そんな簡単なことをと思った。でも、もしかしたら彼女は俺がいつか彼女に飽きてしまうことに気付いていて。だからこそ一緒に雪をみたいなんて普通の女じゃ願わないことを俺に頼んできたのかもしれない。
 ムシャクシャする。自分から別れを切り出した女を今更探している自分の行動に。その原因の彼女に、行き場のない怒りにかられて手近にあったスノードームを手にする。思い切り壁に投げつけると、それはあっけなく砕け散った。
「何やってるんだ俺は……」
 急に頭が冷えていって、砕け散ったスノードームを片付けようと近寄った。一番大きな土台を拾う。裏に何か貼ってあることに気がついた。
 大学ノートの切れ端を小さく畳んで無造作にガムテープでくっつけてある。
 帝人くんがやったのかな……あんなあっさりとした別れはおかしいから、ここに色々書いてあるんだろう。そう思って紙を開くと真ん中に小さな文字で“ウソツキ”とだけ書かれていた。
「なんだそれ」
 俺は今日帝人くんに会いに行こうとしたじゃないか。それなのにいなかったのは君の方だろ。
 俺のことを勝手にウソツキにさせて人聞きの悪い。
 不満がふつふつと湧き上がり始めたのと同時に携帯が鳴った。こんな時に誰がと思うと携帯には“紀田正臣”と表示されていた。もう会いに行きたくもないが帝人くんは一体どうしているのかだけ聞こうと電話をとった。
「あんた今どこにいるんだよ」
「は?」
 開口一番紀田くんの声は怒りに震えているようで、その意味が理解できなかった。
「どこにいるかって聞いてるんだよ」
「どこって事務所だけど……」
「ふざけんなよ!!」
 俺の声を掻き消すような怒声が響いた。
「なんでそんなに怒ってるのさ」
「当たり前だろ。オレは、オレは……あんたが今までにないくらい帝人を大切にしてるようだったから……だからあんたに帝人の最後を預けたのに……これは何だよ! 死ぬ間際に人間を不幸に陥れて楽しいのかよ!」
「……」
 電話からは紀田くんの啜り泣く声が聞こえた。
 今、彼は何と言った? 死ぬ? 死ぬ間際の人間? なんだそれは、話の流れから誰のことかは分かっていた。しかし、彼女が、竜ヶ峰帝人が、死ぬ訳ないだろ……
「帝人が死んだか確かめられてよかったな、あんたの望み通りあいつは最後にあんたに会いたかったって言って死んだよ。それで良かったんだよな。あんたは最低だ。最低の人間だ。」
「嘘だ」
「嘘なわけないだろ! こんな最低な嘘をつくのはあんたくらいしかいねぇよ!」
「嘘だ、なんで帝人くんが死ぬんだよ! 死ぬ訳ないだろ! だって、帝人くんは」
 元気だったじゃないか。ずっと元気で、いつも俺の隣で幸せそうに笑っていて、最後まで笑顔で、さようならって……
「……」
「帝人くんは今どこにいるんだい?」

 電話を切る。
 初雪が降る街を走ってすぐにタクシーを拾う。
 紀田くんの言った住所は確かに病院だった。聞かされた部屋に行くと廊下には蹲る波江がいた。
「あら? 貴方本当に知らなかったのね。私、知ってて帝人にあんな酷いことができるんだと思ったわ」
 赤く目を腫らした波江は覇気のない声でそう言うと顔をまた膝に埋めた。
 俺は何も言えずに真っ白な扉を開けた。中には見知った顔があって。知らなかったのが俺だけだとしらしめられる。
 その中のひとり。おかっぱの少女が此方を見ると赤い目を大きく見開いた。
「なんで貴方が! 帰ってください!!」
 その勢いのまま俺に殴りかかろうとする少女を紀田が止める。
「俺ら外にいますから」
 ベッドのすぐ脇には多分帝人くんの両親であろう人が座っていて呆然と帝人くんを見つめていた。
「あの……」
 普段なら回る口がよく動かない。
 俺の声に気付いた帝人くんの母親らしい女性が此方をみた。
「いざやさん……ですか?」
 なんで俺の名前を知っているんだろうと思ったが俺は黙って頷いた。
「帝人……きてくれたわよ。よかったわね」
 ベッドに眠る人間に向かって女性は話かける。
「帝人、ずっと貴方と雪をみるんだって言ってました。本当はそんなに長くなかったのに、雪を見れて安心したように朝。眠ったんです。夢も叶ってないのに眠ってしまうなんて本当に、馬鹿な娘ですよね」
 それから女性は隣に立っていた男性と一緒に部屋を出て行った。
 俺とベッドに眠る誰かと二人きりになる。誰かなんて形容しなくても、それが誰なのかは分かっていたけど、認めたくなかった。動きたくなかった。確認したくなかった。カーテンの向こうにいるのが彼女だと。
 自分から別れを切り出しておきながら、本当にいなくなってしまった彼女を見ることができないなんて、俺はなんて傲慢なんだ。根がついたように動こうとしない足を無理矢理動かして前に進む。
 ベッドの上には俺のよく知った、実年齢よりも幼い顔で、まるで失敗して切ったような短い前髪の、竜ヶ峰帝人が眠っていた。
「帝人くん」
 まるで眠っているみたいだった、眠っているだけだと思った。
 初雪を一緒にみようという約束を破った俺に対する悪戯だと思った。
「帝人くん」
 ベッドの脇にある椅子に座って無抵抗なおでこを触る。
「いやだな……こんな悪戯するくらいなら、家を出るときに何かしてくれれば良かったじゃないか。本当、こんな悪戯、泣きそうになるだろう……」
 触れた帝人のおでこは冷たくて、あのキレイに輝く青の瞳は見ることができないし、よく変わる表情も見ることはできないし、帝人くんは起きなかった。どれだけ深い眠りなんだよ。
「帝人くん。ほら、外、初雪だよ。すごいよね。ホワイトクリスマスなんてさ、ここ数年なかったんじゃないかな。あの、事務所からさ窓の外を見たら雪が降ってて、帝人くんとの約束を思い出したんだよ。ねぇ、帝人くん。俺、ウソツキじゃないだろ」
 何を言っても帝人の目が開かれることも、子供のように高い体温を味わうこともできなかった。
 これが、後悔するということか。
 これが、人を、ひとりの人を愛するということか。
 普段はどうでもいいのに、いなくなると会いたくなって、触れたくなって、元気でいるかと気になって、そんなものは恋愛感情じゃないと思っていた。帝人くんと別れてからそんな事ばかり考えていたのに。もっと早く、もっと早く、こんなにも君が好きなんだと気付いていればよかった。代えがきかないくらい君の事が好きなんだと気付いていればよかった。こんなに悲しいのに涙が全然でてこなかった。ただ帝人くんを眺めて、口は開かないのに帝人くんへの思いが溢れだして、感情の波が決壊したみたいだった。
 それから数日後、俺は家に帰った。
 今までと何も変わっていないのに、なんだか寂しいと感じた。
 自室に入ると壁に投げつけて砕け散ったガラスが落ちていた。
 割らなければよかった。
 身体も心も疲れて、そのままベッドに倒れこむとスノードームの入っていた箱があった。
 パッケージの写真は帝人くんのキレイな瞳みたいに青く光っている。
 暫く見つめていると箱の底に何か入っているのに気がついた。
作品名:スノードーム 作家名:mario