彼の歌声
泣きそうだった。泣く回路はないのに、胸元が熱くて、何かを吐き出さないと居ても立っても居られなかった。メンテナンスセンターから家に帰るまで、おれは彼がうたっていた歌を口ずさんだ。マスターが、おれのことを変な目で見てくるのがわかった。
メンテナンスのその次の日、マスターの作曲があるためにまたおれは、今度は傘を持たされて、家を追い出された。向かう先なんてどこにもないのに、と毒づきそうになった。もう公園には行きたくない。行けない。きっと、レンには嫌われてしまったと、そんな言葉ばかりが身体の中を巡った。
でも行くしかないのだと思った。公園に行くしかないのだと、感情が足を突き動かしていくように感じた。
公園に着くと、レンがやはりベンチに座っているのが見えた。彼はおれを見つけて、やはりいつものように微笑む。彼がおれを呼ぶ。その声は、前に聞いたときよりも酷くなっていた。
「レンくん、こんにちは」
「こんにちは、レン」
「座る?」
レンがベンチを軽く叩いた。木が軋む音が耳を突く。無言で頷いて彼の隣に腰を下ろした。彼は言う。
「タオル、返さなくちゃいけないと思っていたんだ。ごめんね」
「……いいよ。あげるよ」
レンが申し訳なさそうにどこから取り出したのだろうか、濡れたタオルをおれに差し出してくる。それを手を振って断ると、彼はそのまま困ったようにおれとタオルとを見つめ、ごめん、とだけ呟いた。要らないと言われなかったことに、何故か安堵した。
二人して無言になると、レンの呼吸する音が耳朶を突くのに気づく。ひゅーひゅーと、どこか息苦しそうなそれに背筋が寒くなるのを感じた。無意識的に彼の腕を掴むと、驚いたような表情で見つめられる。見開いた瞳の濁りに、気づく。
「なあ、おれの家に来いよ。マスターだってきっと許してくれる。だから、だから──」
「ん……、いや、いいよ。行かない。ごめんね。ぼくはここに居なくちゃ」
「なんで、なんで……、なんで」
語気が荒くなるのを止められそうにない。なんで、と壊れたテープレコーダーのように何度も繰り返す。声が震えた。絶叫するかのような声になった。レンが困ったようにおれを見つめるのが視界に収まる。困らせたいわけじゃない。困って欲しくないのに。
「ここに居たって、おまえ壊れるだけなんだぞ!」