彼の歌声
レンの眉がぴくりと動く。怒ったようにも、傷ついたようにも見えた。
「壊れるだけなのに! 歌えなくなるのに……、なんでそこまでしてここに居たいんだよ」
「マスターがここに居ろって言ったからだよ」
色々な感情がないまぜになる。ぴしゃりと、免罪符を叩きつけるように紡がれた言葉に苛立ちを隠せなかった。意味がわからなかった。レンが何を考えているのかさえ、わからなかった。
「マスターが居ろって、言ったって、おまえのマスターはどこに居るんだよ」
「わかんない。家じゃないかな。きっと曲を書いていると思うよ」
「家って、なんで帰らないんだよ」
「帰れないんだよ」
濁った瞳がおれを見つめる。綺麗な青色だったのに、それが今や、暗い。なんの感情の蠢きも見せないそれに、どうしてか背筋に氷塊が滑り落ちるような感触を覚えた。
帰れないとはどういうことなのだろうか。帰ればいいじゃないか。今からでも帰って、マスターにメンテナンスセンターに連れていってもらえば良い。
叫ぶように言おうとした言葉たちは、喉に張り付いて取れない。レンが微笑むように頬をそっと持ち上げた。
「ぼく、レンくんと会えてよかったよ。これからも仲良くしてね」
「──急に、何を言っているんだよ……」
「なんでだろう。言いたくなったんだ。ぼくは今まで友達なんて存在を知らなかったけれど、レンくんはぼくの友達なんだろうなあ、なんて思って。そう思ったら嫌われるのが怖くなった。だから、かもしれない」
友達、というのは聞いたことがある。気のおけない人のことだ。おれだって、そんな存在は今まで居なかった。おれとレンの関係をそのような言葉に置き換えることが出来るのだろうか。出来ないんじゃないだろうか。おれはずるい。彼を置いて逃げてしまうくらいにはずるいのに。彼を置いて──家へ帰ってしまうのに。
歯を噛みしめる。レンがおれの表情の機微に気づいたのか、困ったように言う。
「レンくんのこと、裏切ったとかそんな風に思ったこと、一度も無いよ。ぼくは自分の意思でここに居るんだから」
「……レン」
「マスターはきっとぼくのことを迎えに来てくれるって、そんな風に思って、待っているのはぼくなんだから、レンくんを責めようと思ったことはないよ。むしろ感謝してる。タオルとか、服とか、色々ごめんね」