彼の歌声
緩慢に首を振る。喉の奥が熱くなるのがわかった。レンは、おれのことを見つめたまま微笑んでいる。何かを諦めたように。そしてその諦めた何かさえを、自分の中に取り込もうとする、笑みを。
「全部嬉しかったよ」
「……よくわかんないよ。レンの言っていること。友達とか、嬉しかったとか、全部、よくわかんないよ」
「ごめん」
手に持った傘を握り締める。なんで謝るんだよ。謝る必要なんてないのに。唇をかみ締めて、そのまま持っていた傘をレンに押し付けた。レンが驚いたようにおれを見て、それから傘を見てを繰り返す。彼の唇が疑問の言葉をはじき出す前に、強い語調で言葉を紡ぐ。
「これ、あげる。傘」
「──ごめん、レンくん、いらな──」
「マスターを!」
レンの目をしっかりと見つめる。濁った虹彩の先に、彼の感情を読み取ろうと、必死に見据えた。
「マスターを待つにしたって! おれと、……おれと遊ぶにつけても! 雨が降ったら濡れて壊れちゃって、待てなかったり、遊んだり話したり出来なくなったりするかもしれないし、持ってろよなっ!」
強引に押し付ける。レンは瞳を見開いて、それからひっそりと香るような笑みを浮かべた。頬に桜が散り、白く映える肌を染め上げる。瞳を縁取るように生えた長いまつ毛の先が、震えているように見えた。
「そうだね。──ありがとう、レンくん」
レンは俺から傘を受け取り、壊れやすいものを抱えるかのように胸にだきしめる。ほっとした。なぜほっとしたのか、自分でもよくわからなかった。
「……今度からは雨が降っても来るよ。傘を差して、たくさん話そう」
「うん。そうだね。そうしよう。たくさん話そう」
レンの眦に喜色が宿る。彼は歌うように言葉を言い切り、その後、いつものようにマスターがぼくのために書いた、と言っていた曲を歌う。
何度も何度も繰り返すように歌うレンの声は、がらがらで、おれのそれとは全く違ったものだったし、人間が聞けば気持ち悪いと思うような雑音を含んでいたけれど、聞いていると彼の前のトーンの低い声を思い出させて、なぜだかおれは安心した。彼のうたう歌が、好きなのだとぼんやり思った。
7.