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彼の歌声

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 レンはベンチに座り込んでいた。いつだって、彼は定位置のようにベンチに座り込み、前を見据えている。おれが遊具で遊ぼうと誘っても、彼は気まずそうに苦笑を浮かべ、ゆるゆると首を振る。ごめんね、謝罪の声が彼の唇から漏れる度に、顔をしかめそうになったのも何度だってある。眉をひそめそうになる度、断られる度に胸中へと黒い感情が降り積もるのを止めきれなくて、どうしようもない感情を何度ももてあました。

 その日は、雲ひとつ無い快晴で、おれの大好きな青空がとてもよく見えた。いつものように公園に猛ダッシュして、レンと挨拶を済ませた後、おれは思いついて彼の手を取った。
 レンが繋がった手のひらを見つめて、首を傾げる。どうかしたの、と言葉にせずとも彼の行動がおれに問いかけていた。

「なあレンも空好きなんだよな!」
「うん。好きだよ」

 おれの言葉にレンはほのかに笑み、小さく頷いた。彼はそのまま顔を上げて空を見つめる。彼の、空の美しさをそのまま写し取ったかのような瞳が瞬いた。

「今日は空がとても晴れていて、綺麗だね」
「だよな! なあなあ、あのさ、一緒に空を高いところから見ようよ」
「……ん、高いところ?」
「そうそう。ジャングルジムに登ろうよ」

 とても良い提案だと、自分では思ったのだけれど、レンは表情をかためてしまった。ゆっくりと、苦渋の色が彼の表情に広がるのが見える。彼は困ったように視線をさ迷わせて、下を向く。長いまつ毛が頬にかげを落としているのが見えた。

「ごめん。ぼくはここに居るよ。レンくんは登ってきたらどうかな」
「……おれはレンと登りたいんだけど。一緒に登ってさ、空を見ようよ。きっと綺麗だよ。こんな、ベンチに座って見るより、きっと大きな空が見える」

 手を引っ張ると、困惑しているのだろう、レンの眉尻が下がった。彼は長い間を置いて、ゆっくりゆっくりと言い聞かせるように言葉を紡ぐ。

「……ごめん。ぼくはベンチから見る空で良いよ」
「なんで」
「ごめん……」

 弱弱しい声が、レンの淡紅色の唇から漏れ落ちる。風が吹けばかき消されてしまいそうな声量で、彼はただ謝罪を繰り返した。
作品名:彼の歌声 作家名:卯月央