彼の歌声
ボーカロイドやアンドロイドは人間ではない。内部は金属で出来ている。皮膚は人間に近く近くと作られたものだが、やはり完全に人間の皮膚とは同じではない。日焼けなんて、するはずはないのだ。そして、ボーカロイド個体個体の皮膚の色に差が出ることもない。──と、思われている。
でも、おれには違いがあるとわかる。人間からしたら些細な違いかもしれない。もしくはおれが想像で作り出した違いというだけなのかもしれない。それでも、やはり、違いがあるように思ってしまう。
レンは。彼の姿を思い出す。レンはおれとは全く違う。肌の色だって、若干かもしれないけれど顔の作りだって、違うんだ。
レンはどこに居るのだろう。こんな雨のなか、まさか公園に居るはずもないだろう。マスターと共に仲良くしているのだろうか。彼が口ずさんでいた歌が頭の中を回る。ぼんやりと、思い返すままに小さな声で彼のように口ずさんでみたけれど、彼のような曲全体に漂う悲壮さを表現することはおれには出来なかった。
5.
雨は連日降り続いて、昨日の夜、ようやくぽつぽつと雨粒を落とすのを止めた。マスターが作曲を始めるようだから、おれは万が一の場合を考えて傘を持って出かけた。
空には未だどんよりと暗い雨雲が遠くの方に垂れかかっているのが見えるけれど、雨が降っていないだけマシだろう。コンクリートで塗り固められた道のあちこちに水溜りがあって、鏡のように空の模様を映し出していた。この水溜りに浮かぶ空が、いつもの明るい様子であったならどれだけ素敵だったのだろうなんて考えながら、公園へと向かった。きっとレンが居ることを信じて。
「レン──」
「──れ、んくん」
公園の入り口から名前を呼んだ。いつものように言葉が返ってきた。いつもと違う、声で。
レンはいつものようにベンチに座っていた。いつものように、というのはおかしいのかもしれない。彼は濡れていた。上半身の服が肌にはりついていて、透けていた。髪の毛がしとどに濡れていて、ぽたりぽたりと彼の頬を伝って水滴が落ちているのが見えた。
レンは微笑む。もう一度、おれの名前を口にした。
「レンくん。お久しぶり」
声が出ない。レンの──声が、声が。煩雑な思いが脳内を回る。言葉が、声にならない。喉の奥底で水泡がはじけるように、消えていってしまう。