彼の歌声
公園に再度戻ってくると、ベンチに座っていたレンがにわかに安心したような表情を浮かべた。彼はいつも座っているベンチから立ち上がり、けれどそこから動こうともせずにおれが近づいていくのを待っているようだった。全力疾走したせいで息が荒い。みっともないくらい大きく呼吸を繰り返して、レンにタオルと服を押し付けるように渡した。レンが胸元に押し付けられた服と、おれとを交互に見て、頬を緩ませる。
「嫌われたかと思った」
「嫌わない。だって、レンは」
続く言葉が、喉に張り付く。だって、レンは──なんだと言うのだろう。だって、レンは。言葉が出てこない。唇をぎゅっと引き結んで、気まずさを隠すようにタオルを彼の頭にかけてごしごしと擦ってやる。レンが、小さく驚いたような声を出すのが聞こえた。
「それより、早く拭けよ。皮膚が──」
「……、ありがとう。そうするよ」
タオルの隙間から、レンが照れくさそうに笑うのが見えた。なんで笑えるのだろうと、心底不思議に思う。濡れているのに。声がしわがれているのに。──壊れかけているといっても、違いないのに。レンと話していると疑問ばかりが胸中に降り積もっていく気がする。
レンが、タオルでゆっくりと肌を拭いていく間、おれは言葉を何も口に出せなかった。レンも何も言わず、ただ黙々と肌を拭いていっていたし、ここで何を話せばいいのかおれには全くわからなかった。タオルで服から出ている肌の大半を拭いた後、彼はおれが渡した乾いた服を見つめて、困ったように笑った。
これは要らない。小さな声が聞こえて、次いで胸に渡した服が押し付けられる。
「要らないって、何言っているんだよ。必要だろ?」
「ぼくはもう服を着ているよ。要らない」
「レンの、──レンの服は濡れているじゃないか! そんなの着ていたら、いくら拭いたってカビが」
「良いんだ」
ぽつりと零された言葉に矢継ぎ早に繰り出そうとしていた言葉が、勢いを失って滞る。良いんだって。何が良いのだろうか。なにも良くないじゃないか。唖然とするおれの表情を見てか、気まずそうにレンは笑い、続ける。
「いや、良くないけどね。……でも、良いんだ」
「よくわかんない。なに言ってるのかよくわかんないよ、レン」
「……ぼくにもよくわからなくなってきた。でも、ねえレンくん、これは返すよ。要らない」