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路地裏の宇宙少年

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気合を入れてベンチに座ると、少し重いブーツに足を通す。確かに地上では動きにくいが、これがないと今のサッカーはできない。試合用の同じ色のブーツはこれより少し軽量化されてはいるが、その分持久力がない。試合中の補給は制限されていないが、そのたびにピッチから外に出る事になるので不利ではあるが、カノンはそれでも軽い方を選んでいた。支度を終えると今度は少し優しく部室の扉を開く。先ほどよりは軋む音は少なかった。これでは校内の心霊スポットに選ばれても仕方ないとカノンは小さく笑ってグラウンドへ向かった。
すでに練習は開始されていて、いくつかの顔がカノンを見つけると手を振った。カノンはすぐに足元のスイッチを入れるとパスの練習に合流する。使い古されたボールを受けると、カノンはすぐに隣に蹴った。残念ながら今日は監督は現れないらしい。おそらくカノンがいない間に説明があったのだろうけれど、それはたいした問題ではなかった。特に大きな大会もないせいで、練習試合も組まれてはいない。もう少しすれば大会に向けて練習の内容も変わるのだろうと思いつつ再び回ってきたボールを蹴る。
「カノン、ちゃんと集中しろよ」
カノンは気の抜けた返事をした。サッカーは楽しいけれど、試合をするほうが好きだと思う。練習はいつも同じメンバーでやっているせいか、あまりやる気が出せないのが正直なところだった。
「…てっ」
「試合じゃないからって、気を抜いていいとは言ってないぞ」
急に頭を叩かれてカノンは思わず短い声を上げる。振り返るとカノンより一つ上の先輩だった。彼が自分と同じく試合のほうが燃えるのを知っている。その目が叱るように見下ろして、カノンが小さく返事をしたのを見ると自分の場所へと戻るために、彼の靴の底から出る青白い光が勢いを増す。そういえば、とカノンは自分の足元を見た。
「おい、カノン!」
最近この靴に補充したっけ、と考える。昨日の紅白戦ではずいぶんと酷使していたはずだ。試合用よりは使えるとはいえ、元々そんなに長く使えるものではない。そんなことを考えているうちに、自分の体がいきなり沈むのがわかった。自分の名を呼ぶ声がいくつも重なる。片足の光がみるみる間に小さくなって、終いには消えてしまったのが見えた。それと同時にもう一方もぱたりと消えてしまったのがわかる。聞こえる声が悲鳴に変わった。落下する時間は、とても短い時間だった。

***

気付けば視界は真っ暗だった。いや、これは瞼が閉じているからだ、とゆっくりと開く。いつの間に眠ってしまったのだろうかと思いつつ見えた景色はいつもの自分の部屋ではなかった。天井の照明は煌々としていて、遠慮なくカノンの目に刺激を与える。それが学校の、保健管理局の天井だと気付くまでにしばらくの時間を要した。グラウンドと違って室内は静かだった。ときどく低く唸るように空調の音が聞こえて余計に静寂を際立たせる。それ以外の物音はなく、カノンはゆっくりと起き上がるとカーテンを少しだけ引っ張ってできた隙間から向こう側を見た。普段なら誰かが座っているはずのデスクには誰もいない。立ち上がって近づくと、すでに冷めたコーヒーが置いてあった。大方、席を外しているのだろう。その横に開かれたままのモニタに映った顔に、カノンの目が思わず大きくなった。
「…こいつ!」
グラウンドであった顔がその画面の中で正面を向いて映っている。おそらくは彼の個人情報なのだろうか。けれどもその写真の横にある名前に目を移す前に、カノンの頭に急に重みが加わった。
「盗み見はよくないな」
「先生!…いや、その」
振り返ると見慣れた顔があって、カノンは慌てて彼から目を逸らした。彼の写真以外何も見ていないとはいえ、なんとなく後ろめたい気分になってしまう。普段から一緒にいる友人のデータさえ、カノンは見たことがなかった。彼はすぐに画面を切り替えてしまって、画面の中からあの顔が消えてしまうのをカノンは惜し気に横目で見ていた。結局名前すらわからなかった。そして何故彼のデータがここにあるのかも、聞くことはできなかった。
「もうサッカー部の練習は終わってるだろう、気をつけて帰れよ」
追い出すように言われて、カノンは軽く会釈をして扉を閉めた。すでに窓の外は暗くなっていて、廊下の照明もほぼ落とされたせいで普段とは違う感覚になる。誰もいない学校を体験することはあまりなかった。窓から少し遠くに見えるグラウンドの照明も落とされていて、サッカー部の練習はいつもの時間に終わってしまったらしい。夜間照明の設備はあるものの、それが使われる日は珍しい。特に日の長い今の時期は、夕暮れと共に練習は終わってしまう。どうせならもっとボールを蹴っていたいのだが、そんな熱意を持っているのはカノンくらいで先輩たちも何も言わずに時間が近づくと片付けてしまう。
「どうせなら」
カノンは外に出ると、すぐに駆け出してグラウンドを目指した。落下したときに打った箇所にはたいした影響はないらしい。それを確かめるように両腕を振り回したが痛みはなかった。これならば練習は可能だ、とちょうど雲一つない空に浮かぶ満月を見上げる。部室に寄り道して、鍵も掛けられていない扉をそっと開けると昼間のように軋む音はしなかった。ボールを一つ拝借して同じように閉める。それから小走りにグラウンドに出ると、満月でボールの輪郭は十分にわかった。カノンは部室からボールと共に取ってきた荷物から自分のスニーカーを取り出す。カノンが履いていた練習用のシューズはすでに燃料切れを起こしていて重くて動きにくいだけだった。スニーカーの紐を締め直して立ち上がると、転がしていたボールを蹴る。満月のおかげでカノン一人が走り回るには十分な明るさがあった。
「どうせなら皆もやればいいのになっ、と」
ゴール前まで走って、少し強めに蹴る。ボールは地上に下ろされていたゴールのポストに当たって跳ね返った。カノンが残念そうに声を上げるとその声は静かなフィールドに響いた。すぐに走ってボールを拾いに行く。残念ながら自分以外に拾ってくれる存在のないボールはラインの外に転がっていた。そこから小さく蹴って再びゴール前まで戻る。普段の練習はいつも戦術やパスばかり練習しているから、こんなふうに正面からゴールを狙うことはあまり得意ではない。シュートの練習はあえて避けられているようにも見えた。それが何故なのか、カノンにはわからない。
「たまにはこういうのも必要だろ」
返答はない。けれどもカノンは再び強く蹴って、今度はゴールネットを揺らした。試合でもこれくらいきれいに決められればいいのに、とボールを拾い上げる。残念ながら一年のカノンには試合の出場権はない。けれども元々人数が少ないサッカー部は、あと一人上級生が欠ければ自動的に一年生から補充せざるを得ない状況になっていた。施設だけは立派だと他の部にからかわれるのも無理はない。カノンが入学してから今まで、練習試合で勝った事は一度もなかった。それでも毎年それなりに強豪校からの練習試合の申込があり、大きな大会には必ず優先枠として出場する事が決められている。それはかつてのサッカー部の栄光がいまだに語り継がれているからだというが、カノンはそれを詳しく聞いた覚えはない。
作品名:路地裏の宇宙少年 作家名:ナギーニョ