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路地裏の宇宙少年

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「昔は昔、今は今、だろ…」
父親の強い勧めがなければ、この学校を選びはしなかった。確かに家から一番近い事は魅力的ではあるけれど、サッカー部は廃部寸前だという噂が入学前から囁かれていた。それでも普段はあまり強く言わない父親が珍しく熱く語り始めたせいで、カノンは気付けば小学校時代からの友人たちが進む公立校には進まずに、雷門中の入学試験を受けていた。あまり勉強した覚えはない。むしろ実技で入学できたのだろうと思うほどだったのを覚えている。それでも合格通知が来たときはそれなりに嬉しかったが、試験の帰りに見たサッカー部の練習を見て思わず肩を落とした。これならば小学校時代のほうがまだまともな練習ができていたような気がしなくもない。実際入学して監督が顔を出したのははじめの数回だけだった。実質は部長がすべてを決めていたから何の問題もなく練習は進められた。しいて問題があったというならば一年生用のユニフォームの発注が遅れたくらいだろうか。
数回、ボールはゴールの枠の中に吸い込まれるように飛び込んでいった。キーパーさえいなければずいぶん楽にシュートできるものだなと思いつつ蹴ると、ボールは大きく枠から外れた。ため息をついたところで鞄の中から電子音が聞こえて、カノンは慌てて走ると鞄の中から携帯端末を取り出した。メールの着信を知らせるマークが光って、更にそれが母親からだとわかると慌てて時計の部分を見る。とっくに夕飯の時間は過ぎていた。
「やべっ」
すぐに短い返信を送ると、カノンは鞄に荷物を詰め込んで抱えた。入りきれなかった道具が溢れ出しているのも構わずに走ると、浮かんでいた汗が風に吹かれて少しだけひやりと涼んだ。人通りのない住宅街の中を走りぬける間、その後ろを満月が追いかけていた。

***

いつものように授業を終えてグラウンドに向かうために廊下を駆け抜けていたカノンは、急に足を止めた。教室前の廊下ならば逆に誰かにぶつかられそうなものだが、カノン以外に歩いている人間はいなかった。けれどもちょうど別の部屋から出てきた人影に、カノンは急につま先の向きを変える。
「なあお前」
急に呼び止められて、その目がカノンの方を向いた。いや向いたように見えただけで、実際のところ彼の瞳はゴーグルのレンズに阻まれて見えなかった。そのレンズにカノンの姿が映るなり彼は何も言わずに方向転換を試みたので咄嗟にカノンは彼の肩を掴んだ。それに驚いたのはむしろカノンの方だった。彼が払い除けるより早く自分の腕を引っ込める。何かを話すつもりもなかったのに、何故呼び止めようとしたのだろうか。
「どういうつもりだ」
「いや、その…なんでこないだグラウンドにいたのかと思って」
彼はしばらく質問の意図がわからなかったようで、考える素振りを見せた。カノンが、サッカー部の、と付け加えると瞬間に彼の口が小さく納得したような動きをした。けれどもすぐに不機嫌そうに歪む。ゴーグルの向こうの瞳が、カノンを見下ろしている気がした。身長はさほど変わらないのに、急に距離をつけられた気がする。少し視線を動かすと彼の襟章が自分と同じ学年だとわかって、思わずカノンの口元が緩んだ。
「なあお前やっぱりサッカー好きなんだろ?」
だからひとりでグラウンドにいたんだろ、と言うと彼の口はますますしっかりと結ばれてしまった。それはカノンにとっては予想外の反応だ。普通のサッカー好きならここで何かしらの反応をするはずなのに、とカノンは首を捻った。彼は機嫌を損ねたまま踵を返して、立ち去ろうとする。
「ちょっと待てよ!」
「…離せ!」
カノンは彼の手首を掴んで、引っ張った。それに驚いた彼は反射的に振り解こうと腕を振る。それでもカノンは彼の手を離さなかった。握力には昔から鍛えたわけでもないのに自信がある。それがこんな形で役に立つとは思いもしなかったが。
「離せ!」
「いやだ!一緒にグラウンド行こうぜ」
同じような押し問答をしながら、彼を昇降口まで引っ張る事に成功すると、そこに見知った顔があった。ちょうどカノンと同じく部活に行くところらしく普段ならなら先に言っているはずなのにと驚いた顔をする。だがその後ろを見て更に驚いた声を上げた。
「カノンお前何やってるんだよ」
先輩の一人が驚いた顔のまま言った。一瞬何を言われているのかわからなくて、すぐに彼のほうを振り向くと握った手を少し高めに持ち上げた。カノンは少し誇らしげに胸を張る。
「サッカー部に入りたそうだったから連れて行くんだ!」
すぐに全員が呆れた顔になった。いや、彼らの呆れ顔はとうに見慣れているはずだった。けれどもそれとは違う、救いようがないと言われそうな顔だった。何が悪いんだと問い質すより早く、彼がカノンの手を振り解く。あ、と思った時にはすでに彼は再び自由を取り戻していた。
「カノン、お前その人が誰だかわかってるのか?」
別の仲間が言って、カノンは首を傾げると彼のほうを振り返った。カノンに掴まれていた箇所が気になるのか確かめるように動かしていて、こちらの会話には興味がなさそうに見える。残念ながらカノンは彼に見覚えがなかった。むしろ数日前のグラウンドでの遭遇が初めてだろう。それとも何か問題でもあった人物なのだろうか。残念ながらクラスメイトとサッカー部の仲間の顔しかカノンの頭には入力されていない。
「同級生だろ、どこのクラスか知らないけど」
カノンの応えに全員が肩を落とした。後ろに立っていた彼だけは、なんとなくそれがわかっていたのか相変わらず視線を向けようとはしない。手首に問題がないとわかると、彼は何も言わずにカノンを一瞥して先ほど来た方向に歩き出す。すぐに呼びとめようとしたが、仲間の声がそれを制止した。
「よりによって鬼道に何やってんだよ、お前…」
「きどう?」
初めて聞く名前だ。カノンの反応を見て、まったく知らない事を悟ったのであろう仲間の一人が深いため息をついた。彼らの表情を見る限り、カノンは少数派になるらしい。それがわかって、彼が去った方へと目をやる。すでに彼の姿はなく、窓から差し込んだ光が少し眩しい。大会が始まる頃には更に太陽はその熱を増しているだろう。
「お前も中間考査の結果見ただろ。Aクラスの鬼道だよ」
カノンは彼の言葉を反芻するように呟いた。この学校は能力別にAから順番にクラス分けされている。その中でも最も試験の成績のいい精鋭クラスが彼のクラスだったことをはじめて知った。カノンが一度も近づいたことがないクラスだ。そもそも校舎が違うクラスに近づいたことはあまりない。たまに用事を頼まれるか通り過ぎるか程度で、わざわざクラスの中を覗いたこともないが、なんとなくカノンには居心地が悪かったことを覚えている。カノンがいる校舎よりやけに静かで、人の気配すらあまりしないような環境に彼が混ざっているのは想像に容易くてカノンは目を細めた。スポーツには興味なさそうなクラスにいるはずの彼は何故、あの日グラウンドにいたのだろう。
「鬼道グループって言ったら、今や世界企業だしな。今度の大会もメインスポンサーだろ」
「他のスポーツにも出資してるよな…以前の創業者がサッカーで活躍してたとか」
「サッカーで?」
作品名:路地裏の宇宙少年 作家名:ナギーニョ