幸あれ。
中央通りは明るく、人通りも多い。
「で?お前、誰なんだよ。」
前を歩いていたそいつは足を止め、くるりと振り向いた。
「私は、あなたのボディーガードを任命されました、本田菊と言います。本日から四六時中、あなたのそばにいますので。」
初めて俺にまっすぐ向けられたその顔は、思っていたよりずっと端正な顔立ちで、髪はきれいに短く整えられている。肌の色は白く、オキニスのような漆黒の瞳が美しかった。
驚いた。あんなに強かった人が、こんなに綺麗だったなんて。
こんな人が俺のボディーガードを・・・って、ん?
「ボディーガード!?何だよ、それ!?」
「私に言われましても・・・。」
そんなの聞いてねぇぞ!
それより、何で俺が守られねぇといけないんだよ!
それに、こんな綺麗な人は守られる側だろ。
「おい。それを依頼したのって誰だ?」
菊は少し困った顔をした。
「それは・・・。あなたのお父様です。」
やっぱりな。
「あのクソ親父が・・・。」
「あぁ、怒らないで下さい!最近、物騒な事件も増えている事ですし、大企業の次期社長であるあなたが心配なんですよ。父親として!」
菊は困った顔で親父の弁解を始めた。
・・・菊の困った顔はみたくねぇな。
それに、俺の親父が一代で築きあげた大企業の社長であり、つまり俺が、その次期社長であることに変わりはないのだ。
しかし・・・。
「よりによって、ボディーガードが女性とはな・・・。」
「何か言いましたか?」
菊が不思議そうな顔で覗き込んでくる。
目があったその瞳は深く黒く、吸い込まれてしまいそうで・・・。
あぁ、ダメだ。
「なぁ、菊。」
「えっ?あっ、はい。」
いきなり名前を呼ばれたからか、驚いた様子で姿勢を正した。
か、可愛い。・・・じゃなくて。
「俺、やっぱりボディーガードいらねぇよ。」
「えっ!?で、でも。」
「それに俺、菊みたいな女性に守られるほど弱くねーし。」
そう言った瞬間、菊は怪訝そうな顔をした。
俺、なんか変なこと言ったか?
そして、考え込むように黙り込んだ。
「お、おい、菊?」
すると菊はいきなり顔を上げ、困ったような怒ったような表情で俺を見つめた。
な、なんだ・・・?
「あの、すみません。何を勘違いしたのかは分からないんですけど・・・
私は男です。」
・・・・・え?
「お、男!?」
「はい。正真正銘、男です。」
そ、そんな。男だって!?
こんなに綺麗な男がいるのか!?
って、それより!
「す、すまなかった!変なこと言って・・・。」
恥ずかしくて顔から湯気が出るとは、まさにこのことだ。
俺の顔は今頃、真っ赤になっていることだろう。
それを見てかは分からないが、厳しい顔をしていた菊が、ふっと苦笑をもらした。
「いえ、いいですよ。私は小柄ですし、女顔とも言われますしね。それに、名前も女性のようですから。」
菊は後半を、自嘲気味に言った。
たしかに、男にはめずらしい名前だが・・・。
で、でもっ!
「俺は、良い名だと思うぞ!!」
つい、そう叫んでしまった。
菊は目を丸くして俺を見ている。
やっちまった・・・。
これは引くよなぁ。
しかし菊は、にっこりと恥ずかしそうに微笑んだ。
「ありがとうございます。」
その笑顔を見た瞬間、心臓が跳ね上がったようだった。
こんなに可愛く笑うやつは見たことがない。
本当に好きになってしまいそう・・・いやいや!
あいつは男だ!
そんなふうに心の中で格闘していた時、思い出した。
ここに菊がいる理由を、だ。
「なぁ、菊。ボディーガードの件だが。」
微笑んでいた菊が真面目な顔に戻る。
あぁ、惜しい事をした・・・じゃなくて。
「親父が依頼しちまったんだから、その、あれだ・・・。頼みたいんだが。」