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『人魚姫は真実の底に沈む』サンプル(R-18抜き)

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「あのバカチーフに何とか言ってよ! 土日出れないって言ってんのに。人足りねーから来いってうるさいし、出ないとクビとか言うんだけど!」
「そういうのって、ナントカ法とか違反じゃないの!?」
「えーと、先に言っとくと労働基準法には違反してねーから。違反してんのは俺の時給と労働時間位だから。それにお前ら、面接の時は土日出られるっつったろ?」
「だって、じゃなきゃ採用されないじゃん!」
喧喧囂囂(けんけんごうごう)捲し立てる甲高い声が次々と鼓膜に突き刺さる。
耳が痛んで聞き取り辛かったが、それでも、自己中甚だしい文句を付けていることだけは分かった。時折間に挟まれる彼の言葉だけが落ち着いているが、幾ら声のトーンを落としても、正論を唱えても、相手は自分の非を認めようとしない。そもそも、店長の息子とはいえアルバイトの一人でしかない花村に言うべき話ではないだろうに、花村は辛抱強くそれを聞いている。外野の那須はその表情も窺えぬまま、固唾を呑んで見守ることしか出来ない。
気付けば里中も天城も、神妙な顔付きで耳を欹てていた。
口を噤んだ花村に、緊張が走る。
「……分かった、分かったよ。俺の方から話しとく。
でも、お前らだってクビになったら困るだろ? 出来れば何日かは出てもらえたら、俺も交渉し易いんだけど」
「……考えとく」
「頼むかんね、マジで」
逆切れとしか思えない言い分に、しかし花村は冷静だった。
要求を受け入れつつも歩み寄りを促せば、二人は渋々ながらも聞き入れてこの場を立ち去る。かつかつと遠ざかってゆく足音に里中は小さく息を漏らし、天城もまたホッとしたように呟いた。「……大変だね」全員が首を縦に振って同調する、同情。「あたしだったら切れてそうだなー。何だかんだ言って、大人だよね、花村先輩」認めざるを得ない、尊敬。だがその二言目に那須は、妙な引っ掛かりを覚えた。一つ年上の、オトナ。
「……悪いな、変なトコ見せて」
戻って来た彼の苦笑に胸のもやもやはますます酷くなる。
違和感と不快感を足して二で割ったような感じだ。年上ではあるが、花村はまだ十七、八で未成年の高校生だということは自分達と変わりない。本来、責任を負うべき立場ではないのに要らぬ面倒を引き受けて、大人扱いで済ませるのは如何なものか。――と、そこまで思い巡らせて、はたと我に返った。たった一歳。されど一歳と、年長者であることを理由の一つに挙げて、リーダーの座を譲ろうとしたのは何処の誰だったか。
一方では花村の『先輩』である事実に甘えて、もう一方では花村を『大人』と評すことに閉口して。
矛盾した思いが混じり合って気持ちが悪い。自分は一体彼に何を求めているというのか。自分はどうしたいのか。何故こんなにも花村のことで悩むのか。混乱、戸惑い、懊悩。それら全てを押し隠して、
「行こうぜ、リーダー」
何事もなかったかのような一言に「はい」と応える。彼には心配されたくない。

どうして。

解けず、減らず、疑問は積もる一方だが、物思いに囚われていては戦えない。特に大型シャドウ相手では一瞬の判断の遅れが命取りだ。
花村が言ったように、影の暴走は何としてでも止めたかったのだが、興奮した完二は制止を掛ける間もなく禁断の言葉を口にしてしまった。女への嫌悪や、男であることへのコンプレックスを核に生まれた完二の影は薔薇を背負ったマッチョマン、という異様な姿形を取り、パワフルな攻撃で那須達を苦しめる。影の従えていたタフガイ、ナイスガイを倒したところで全員、息が上がっていた。汗ばんだ手の平はちょっと気を抜けば刀を取り落としてしまいそうだ。自慢の脚を振り上げてばかりの里中も、回復魔法を掛けまくっている天城も、そして相手の補助魔法を打ち消し続けた花村も疲労の色が濃い。
「ボクはもう、押し通すって決めたんだ。どいてよ……じゃないと、潰しちゃうよ!」
「来るぞ! 構えろ!」
花村が叫ぶと同時に、鈍い金属音がした。雄のシンボルマークを象った武器が地面を割って、禍々しい色の沼が出来る。澱んだ紫の飛沫がどろりと身体に掛かった。途端に、
「く……ッ!」
眩暈がした。ぐらりと頭が傾いで、腹の底からは吐き気が込み上げる。タチの悪い風邪を思わせる、酷い倦怠感と脱力感。『ヨースケがドクドクマ!』と心配そうなクマの声が遠く聞こえて、ようやく毒を食らったのだと分かる。
しかし、今の主語は自分ではなかったようだとゆっくり隣を振り返って、那須は、ぐったりと項垂れる花村を見付けた。顰め面で何度もえずいている。ぱたぱたと、透明な雫が口の端から零れ落ちている。掠れた声と一緒に。
「天城……那須の毒、治し、て」
手の甲で口元を押さえているにも関わらず、その一言はやけにはっきりと聞こえた。それは、確かな『指示』だ。
助けを求めるのでもなく、提案するのでもなく、対象も行動も指定している。足を縺れさせていても自分は大丈夫だから、ということなのか、場を取り仕切るリーダーの回復を最優先に、ということなのか知らないが、再燃した苛立ちに胃がむかむかする。「は、はい!」と応じる天城も天城だ。もしも後者の理由なら、花村が命じて天城が従う時点で、リーダーは自分ではない。
矛盾しているのは自分だけではない。リーダーを人に任せておきながら、頼ろうとはしない花村。自分は助けられっぱなしで、彼の背中を追うばかりで、不甲斐なくて。苦しくても笑顔ではぐらかして、何もさせてはくれない。何も出来ない。
歯痒さに、噛み締めた唇から滲む鉄の味が頭を冴えさせる。思考が収束していくにつれて怒りも鎮まっていった。
冷静を通り越して冷え切った声で「天城」を呼ぶ。正に今、どくだみ茶を手渡そうとしていた彼女は三歩手前でびくりと立ち竦んだ。
「俺は良いから、先輩を先に治療してくれ」
「え……でも、」
「那須、俺のことなら、」
「リーダーは俺です!」
天城の逡巡と花村の配慮を吹き飛ばす位にきっぱりと、大きな声で宣言する。蚊帳の外にいた里中も驚いたようで、眼鏡のレンズの向こうで目をぱちくりとさせていた。
そう、花村に指名されて里中やクマにも賛同されて、リーダーに祭り上げられたのは自分だ。花村に至っては本人の辞意を知っての上で慰留したのだから、今更自分がリーダーシップを振るうことに文句を言われる筋合はない。鼻白む花村を睨め付けてから天城に目で指示した。那須の言い分に納得したのか、それとも鋭い眼光に気圧されたのか、彼女は花村の元へとUターンしてどくだみ茶を与える。面目なさそうに目尻を下げる彼が嬉しかった。やっと手が届いたように思えた。
胸に掛かっていた靄が晴れていく。近しい人間を亡くして、周囲からはジュネスの息子と陰口を叩かれて、利用されて、テレビの中でまで皆に気を配って。自分は、そうして何もかもを抱え込む花村と、リーダーという肩書きを持ちながら彼を助けられない自分が嫌だったのだ。
辿り着いた結論に、那須は背筋を伸ばした。嘔吐感を堪えて完二の影を見据える。
自分がリーダーに向いているとは到底思えないし、気は進まないが、自覚してしまった以上は譲れない。一つ年上の花村に遠慮なく物事を言える、貴重な立ち位置でもある。
血の混じった唾を吐き捨てて、眼鏡のブリッジを押し上げた。