『人魚姫は真実の底に沈む』サンプル(R-18抜き)
「キングフロスト!」
冠を被った雪だるまの王が杖を掲げ、氷塊をぶつける。
凍て付き、逆巻く風を背にした那須は王者のようにどっしりと構え、最後まで胸を張って皆を指揮し続けた。
§
結果、流石にくたびれた。
あの後、早い段階で解毒して、体力も回復したのだが全身の筋肉が悲鳴を上げている。ただひたすらにだるい。食道を競り上がってくる消化液を無理矢理押し戻して焼け付く胸を擦った。今夜はバイトどころか風呂掃除もこなせそうにないなと苦笑する気力もなく、那須は長々と嘆息する。
申し訳ないが風呂掃除は菜々子に頼むこととして、完二の面倒は花村に任せた。こちらも非常に不本意ではあるが「俺、こいつ送ってくわ」との申し出を断るだけの理由も余裕も今の自分にはない。
「そんじゃ、俺達先帰るわ。気ぃー付けて帰れよ」
「……世話ンなりました」
彼も相当疲れている筈なのだが、確かな足取りで完二を引き連れ、出て行こうとする。ジュネスで鍛えられたのか、そのバイタリティには敬服させられるが反面悔しくもあった。後輩に肩を貸す彼の背中にも同じことを思う。頼もしくて、憎らしい。負け惜しみのように声を掛けた。
先輩、と呼べば揺れて振り向くハニーブラウン。それより少し濃いめの瞳はキャラメルブラウン。甘くて優しい色の先輩に抱く感情は複雑で、まだ全部が解き明かされたわけではないけれど。
「俺、やっぱりリーダーやります」
それだけ、改めて告げた。突然の宣誓に花村は暫しキョトンとしていたが、無表情は次第に崩れて柔らかく頬を緩める。思わず走った動悸を誤魔化すが如く、慌てて続けた。
「貴方に命令されるの、性に合わないので」
「何だよ、それっ」
生意気だと言いながらも彼は笑う。那須も笑う。
仲間になって初めて、花村と気持ちを共有出来た、そんな気がした。
作品名:『人魚姫は真実の底に沈む』サンプル(R-18抜き) 作家名:桝宮サナコ