声恋
「腹減ったんで飯食ってきたいんですけどいいですかねィ。んで、仕切り直してもう一回ってのでどうでしょ。」
その一声はまさに妖精の一声で、糸で引かれたように顔を上げた土方に総悟はむっとした。
「総悟…」
「何ぼやっとしてんですかィ、飯食いに行きやすよ。」
台本をぱたんと畳んだ総悟に眉を下げ、土方も追いかけるように台本を畳む。
そんな出番待ちの冴えないヒーローのような顔の土方を半ば引きずるように連れ、二人はスタジオを後にした。
「総悟…」
「へたくそ。アンタもうBLの仕事すんじゃねェよ。」
カツカツ先を進む総悟の後ろで、土方は煙草を吸うことすら忘れていた。
目の前で揺れる栗色の頭を見つめながら、その最もなご意見に眉を寄せる。
「お前が相手だって言われたから…」
「また俺が喘いでるの見て勃起するつもりだったんで。」
「おまっ、それは!あれは…こう、その……」
土方の顔も真っ青になるこの話は長くなるのでまた今度にしておこう。
立ち止まり振り向いた総悟に、土方は思わず視線を逸らした。
「何でそうやって俺が見てんのに見ねェの。」
「あれは…お、俺はお前と違って慣れてねぇから勝手がわかんねぇんだよ!」
顔を歪めいささか逆ギレ気味な土方に、総悟の声が鋭くなる。
「そうですねィ、俺はBLばっかりやってるんで。」
「誰もそんな風には言ってねぇだろうが。ただ俺に比べてお前の方がこういう仕事はたくさんしてるのは事実だろ。」
――そりゃそうですよ、そりゃそうですが…
ひとつになんかならなくていい、そんな事は気づいているのに。
でも、いつだって響きあっている場所は同じがいいのだ。
「…うれしかったのに。」
不安定な声で交信しようとしても返事はこない。
こんなこと絶対言ってやらないと、そう総悟は決めていたのだ。
「アンタが相手で……馬鹿みてェ。俺だけはしゃいでたみてェじゃねェか。」
総悟の声が上擦って、すっと消えてしまいそうになる。
絶対に、絶対に、教えるつもりはなかったのだ。
本当はノリノリで土方を挑発するくらいのことをするつもりだったというのに、不覚にも恋人の姿に堪らなくなってしまったわけで。
「…俺だって、うれしかったよ。」
風に舞う声をすかさず掴み、土方がそっと総悟を引き寄せた。
包み込むように抱き、さっきまで眺めていた栗色の頭を何度も何度も撫でる。
人気がないのはついさっき確認済みだ。今は思いっきり、総悟を抱き締めていたい。
「ただ、アレだ…こう、恋人としてはいろいろ複雑なんだよ。」
本当はみっともなくてずっと隠していたかった。
そのくせ、目をそらさずすべてありのままを受け止めて欲しかった。