GUNSLINGER BOYⅨ
再び黙って動かなくなってしまった帝人に、静雄は途方に暮れた。
雨の中を傘もささずに走る小さな人影を遠目に見てまさかと思い追いかけたのだが、
寂れた路地の片隅で軒下にうずくまるように座っていた少年は案の定ずぶ濡れでその上裸足だった。細い足首には引っかけたような切り傷がありジワリと血がにじんでいる。
この子供が義体とかいうサイボーグだというのも、その嘘みたいな話が本当だということも身を持って教えられた。その上、天敵である折原臨也を守っていて臨也を攻撃しようとした自分のことを本気で殺しにかかってきた。
驚いたし裏でこんな非倫理的なことをやっている公社の連中のことを胸糞悪いとは思った。しかしだからといってこの子供に怒りや嫌悪を覚えることは無い。
こんな格好で街をうろついていれば妙な奴に目をつけられて当然だ。
いくら見かけ道理の子供ではないと分かっていてもこのまま放置して帰る気にはなれない。おせっかいだと言われればそれまでだが、なんというか、見ていて放っておけないのだ。
しかしだからといってどうしてやればいいのかも分からない。
どっかの情報屋と違い、静雄は元々人づきあいは不器用だし口下手だ。そのせいで今まで苦労してきたし、今だって少年相手にどんな言葉をかけてやればいいのか、立ちまわればいいのかさっぱり分からない。
そんな自分が苛立たしくもどかしい。
静雄は傘をたたみ帝人の隣に座りこんだ。
頼りない肩に濡れて張り付いた服が見るからに寒そうで、何かかけてやりたいが生憎上着の類は着ていない。
二人とも無言のため雨音が大きく聞こえる。何か数十分前よりも強くなっている気がする。
こんな大雨が降るのも久々だ。
煙草を吸おうかとも思ったが隣の少年の手前自重した。
ため息をついてもう一度隣を見れば、泣きはらした瞳にまた新たに沸いたような涙がにじんでいる。本当に何があったのだろうか。
靴も履いていない格好からしてどう見てもそのまま飛び出してきた感じだが。
「お前・・本当に臨也のところに帰らなくていいのか?あいつが担当とか何とかなんだろ?」
臨也、という言葉に帝人の肩がびくりと反応した。
「やっぱあいつと何かあったのか」
「・・・っいざやさんは、わるくありません! 僕が、僕が・・・・」
何を言っても答えなかった帝人が突然雄弁になり静雄の方が驚いたが、一瞬強く言ったあと段々と声が尻つぼみになっていく。
「期待はずれで、飽きられても嫌われても仕方ないから・・・・」
「・・・そんなこと言われたのか・・それで、あいつの所に戻りたくないのか?」
「違っ・・・戻りたい・・でも、でも戻ったら、きっと、」
帝人は何かを怖がるようにぎゅっと身体を丸め、肩を震わせる。
声もわずかに震えていた。
「臨也さんのことも、全部・・全部全部消されて、また、真っ白になって初めから・・
やだ、そんな、そんなことになるぐらいなら・・・・って、そう思って・・そしたら、そしたら・・・っ」
ぶつぶつとつぶやくようにそう言って、帝人は自分の掌を見つめる。
握りしめすぎたのか爪の痕から血がにじんでいた。
「あんなこと一瞬でも思う僕なんて、臨也さんの傍にいない方がいい」
かすれた声でそう言い、腫れた目をこすろうとする帝人に静雄はもう一度ハンカチを押し付けた。
一瞬の間を置いて、帝人はそのハンカチを受け取った。
「・・・なんだか言ってることは良く分かんねぇけどよ」
静雄は粟楠の事務所での臨也の様子を思い出す。
むかつくことには変わりなかったしいらつく言葉づかいもそのままだったが、昔と比べずいぶん変わったようにも感じたのだ。
そう、あいつはあんな感情を表に出すような奴じゃなかった。
「なんつーか、あいつはお前のこと嫌ったりしてねーと思うぞ」
静雄が帝人を掴み上げている時、四木が帝人にかまおうとした時、どう見てもあれは自分の物が他人に触られるのを嫌悪する目だった。いわゆる、独占欲。
話し方にも独特のむかつく余裕が無かった気がする。
「大体あのヤローは人ラブとかわけわかんねぇこと言いながら人にも物にも大して執着しないんだ。俺に殺意向けるのはいつものことだとしてもあんなに本気で怒ってるのは初めて見たぞ。
そもそも、あいつの言ったことなんて真に受けねぇ方がいい。」
「でも・・・」
「本気で嫌われてる俺が言うんだから間違いねえよ。あいつは日常的に嘘ばっかついてて人のこと弄んでばっかいっから、大方、大事に思ってるお前のことどう扱ったらいいのか分かんねーんだよ」
「・・・励まして下さってありがとうございます。でも、僕はもう駄目です。義体失格なんです」
「いや、励ましとかじゃなくてマジで・・・あ゛ーもうっ!」
どう言えばいいのか分からず頭を抱えた時、臭いがした気がした。
いや、正確には気配というか第六感というか、自分でもよく分からない。
軒下から出て道を見渡せば遠くに黒い、男の人影が見えた気がした。
「臨也・・・?」
そう呟いた瞬間に逃げだそうとした帝人を後ろから捕まえる。
「だからっ!逃げてどうすんだよ!」
「だって・・・っ!!」
「あいつだって雨ん中お前を探しに来たんだろ!」
「それは、僕がいなくなると公社で困る、から・・」
「本人に聞いてみろっ!どうせ行くあてもねーんだろ!?」
「っ・・・・・・」
そう言うと帝人は抵抗はやめたがぐったりとして動かなくなってしまった。
静雄はため息をついて軽いからだを背中に背負うと傘をさした。
「・・・分かったよ。お前が聞けねーんなら代わりに俺が聞いてやるよ。
その代わり、俺がキレてあいつをぶち殺しそうになったらお前があいつを助けろよ」
作品名:GUNSLINGER BOYⅨ 作家名:net