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月下部レイ
月下部レイ
novelistID. 19550
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聖夜に降る雪の星

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何と挨拶していいのかわからず、関西人らしく洒落でボケてみた。
戸惑ったように、はにかむ彼女。
「あっ、ただ今って。……忍足君、今日は宜しくお願いします」
「ああ、まかせといて」
簡単に挨拶を済ませると、3人で車に戻り、ディズニーランドに向かった。
跡部と彼女、運転手さんの手前か、ほとんど話もしなかった。
イブの夜を一緒に過ごそうとする大胆な恋人同士のはずなのに、可愛そうやな。
そんなことを思いながら、ふと横に座っている跡部の方に目をやると、跡部の手が彼女の手をしっかりと握っていた。
心臓が一瞬ドキッと脈打つ。
二人とも、何事もないように、車窓から外を見ている。
忍足も二人が見ている車窓とは反対側の窓から外を見た。
行き交う人々がコートの襟を立て、足早に通りを歩いている。
それからもっと上、空中に視線を上げると、視覚の端にヒラヒラする茶色いものを見つけた。
目を凝らしてそれを見た。
街路樹に張りつくように残っていた1枚の枯れ葉が、冷たい風に吹かれてヒラリと一度舞い上がり、
そのまま道路に落ちてゆくのを、忍足は見た。枯れ葉はすぐに落ち葉と混ざって、わからなくなった。

「ゴホッ!」
胸の奥に何かが詰まったような気がして、咽た。
「どうした?」
「すまん、ちょっと咽ただけや」
「風邪でも引いたのか」
「ちゃうよ。さっき冷たい風吸うたやろ、俺、小さい頃から喉が弱いねん、なあ姉ちゃん」
「ええ、侑士は昔から、喉が弱くて」
跡部から、それ以上追及されたくなくて、彼女に振った。
「そうなんですか、じゃあ、外に出る時にはマスクでもしとけよ」
一応跡部は姉ちゃんなっとる彼女に、気を使った振りをしていたが。
彼女越しに見つめる跡部の目が怖い。跡部のために熱っぽいのを我慢して付き合ってやっとるのに。
どうして跡部から目で恫喝されなあかんのかと思う。
暫くしてディズニーランドに着いた。
今日招待されたのは、自分達ということになっているので。跡部が車から先に降りる。
すぐに彼女の手を取り、車から下ろした。やることが全てスマートで跡部らしい。
さすがに跡部家の長子、学校以外ではレディーファーストを通しているようだ。
彼女に続いて忍足も車から降りようとすると。
えっ。なん。自分はレディでは無い。
跡部の手が伸びて来て、痛いくらい忍足の手を握った。
なに。わけもわからない。
跡部が掴んでいる自分の手に目を落としたら、触れあっているところに全身の血が集まっているような感覚に陥った。
指先に意識が集中した。手の指が僅かに震える。
跡部もおかしいが、自分もおかしい。

跡部が。意識を遮るように。
耳元で囁く。
「おまえやっぱり熱があるじゃねえか?今日はこのまま家に帰れ、車で送らせる」
声は小さかったが、ドスが聞いていた。
ああ、それでかとわかった。

「今日はありがとうございました。後は跡部が案内してくれるそうなんで」
跡部の言葉を無視した忍足の感謝の言葉を聞いて、予定通り車は帰って行った。
「忍足」
「せっかく彼女が楽しみにしとるやろ。これくらい熱のうちに入らんし。俺は大丈夫やで」
「なら、先にホテルに入って寝とけ」
「なに言うとんや。あのホテルかて、跡部グループやないか。ちゃんと跡部の親御さん達の目が光っとんやろ。
俺だけ先に入ったら怪しまれるわ。せっかくの計画がおじゃんになるで」
普段他人のことには余り興味を示さないはずの跡部が。さすがに今日は自分が頼んだことだから気になるのだろう。
これが部活ならレギュラーたるもの、体調管理くらい自分でしろと怒鳴られるところなのにと。
忍足は跡部に気付かれないように苦笑いした。
「跡部君」
「ほらほら、彼女が呼んどるやろ。はよう行ってやりって」
「おまえも一緒に来いよ」
「はあ?なんでデートに第三者の俺がついて行くんや。そんなことしとったら跡部彼女に愛想つかされるで」
自分のことを気にしてくれる跡部。なんだか嬉しい。
そんな跡部を自分は行きたいところがあるからと。
彼女と一緒に見送った。
にっこりと笑って、手を振る。
「なんかあったら電話しろよ」
と跡部から言われた。
「ああ」
と頷く。
暫く跡部達の背中を見ていた。
足元から吹きあがってくる風が、一際寒さ感じさせる。
「さむー」
優しい跡部なんて、なんかへんやと思いつつ、コートの襟を立て、冷たい風を避難できる場所まで移動するために歩き始めた。
ごほっ。
本当はテーマパークなんて一人で過ごす場所ちゃうやろと、一人で突っ込みを入れるが、今日ばかりは仕方がない。
何か温かいものでも飲みながら、ゆっくりしようと忍足は思った。
暫く歩いていると、コーヒーハウスがあったのでその店に入る。
窓際の端のテーブルに座わった。一旦座わり込むと、立ち上る気がしない。
余り食欲は無かったが、朝食もほとんど食べていないので、コーヒーとサンドイッチを注文した。
跡部達と一緒にいた時はさすがに気が張っていたのか、気分もそう悪くはなかったのだが。
気が緩んだせいか、一人になった途端、背筋がゾクゾクして、身体のだるさが増したような気がした。
気のせいや。気のせいや。呪文のように唱えてから、机に手をつき、その手に額をのせる。
どうも気のせいでは無いようだった。
「やば、熱上っとるわ」
まあ今日我慢をすれば、部活も年明けまで休みだ。実家の帰る予定の30日まではのんびりする予定で開けている。
風邪で寝込みたくはないが、明日はゆっくり休むことができるのだから。
せめて今日は跡部のために、無理してやろうと思う。
温かいコーヒーとサンドイッチがテーブルの上に届いた。たまごがはみ出しそうなほどぶ厚い。
中身をこぼさずに口まで持っていけるのだろうかと思う。コーヒーをゴクリと一口飲んでから、サンドイッチに挑戦した。
うまないなあ。
やはり熱のせいで、食欲ないし、味覚もおかしくなっているようだ。そのまま皿にサンドイッチを返すと、忍足は外を見た。
朝方覗いていた太陽は姿を消し、垂れ込め始めた雲が少しずつ厚さを増している。
それでも、親子連れ、友人達、恋人同士。目の前にいる誰もが、楽しそうな笑顔をしていた。
「やっぱ、一人身が身に沁みるわ」
またしてもそんな冗談を言ってしまう。こんな時まで、関西人の悲しい性やと忍足は笑いたくなった。
そんなことを思っていた時、テーブルの上に置いていた携帯がメールの着信を知らせて青く光った。
携帯を開いて、メールを確認する。
『大丈夫か?』
跡部からやった。短い言葉でも、自分のことを気遣ってくれているのが、十分伝わって来た。
彼女と二人の時にまで。跡部らしいと思う。
部員なら誰もが知っていた。俺様跡部が、他人のことに興味を示さないのに、意外と面倒見がいいことを。
すぐに返信した。
『大丈夫やで。なあ、跡部、女の子と二人の時は他の奴とメールなんかしたらあかんで。
俺は元気やから、メールは落ち合う前にくれ。俺かて一人とは限らんしな(笑)』
えっ?すぐに返信が来た。
『一人じゃねえのか?』
『俺も楽しんどるから、また夕方な』
ちょっと突き放すようなメールを返信した。これで跡部も彼女と二人きりの時間を過ごすことができるだろうと思う。
頬づえをついて、目を閉じた。
作品名:聖夜に降る雪の星 作家名:月下部レイ