聖夜に降る雪の星
跡部と彼女の寄り添う後姿が、はっきりと脳裏に蘇って来た。
手。手繋いどった。跡部の綺麗な長い指が彼女の手を握っていた。
自分は一体何を気にしてるんや。
跡部から置いていかれたような気がした。淋しい……
えっ。
熱のせいで思考まで炎上しているのか。
「……さん」
「んっ?」
「忍足さん」
どこかで聞いたような声が自分の名を呼んだような気がした。
とうとう幻聴まで聞こえる。
えっ……。
忍足さん。そう呼ぶ声を今度は、はっきりと聞いた。
誰かの手が自分の肩を揺っている。
ゆっくりと目を開けた。
「日吉?!」
「忍足さん、どうしてこんなところへ一人でいるんですか」
目の前に怖い顔をした日吉が立っていた。いや、日吉はいつもこんなんやったっけ?
「えっ、本物の日吉?」
「こんなところに一人で、何してんですか?」
「日吉こそ、一人でなにしとん?」
「俺は一人じゃないですよ」
「……やっぱりな。こんな所へ一人で遊びに来る奴おらんわな。デートか?日吉も彼女おったんや」
と言いながら。忍足は力なく微笑んだ。
「違いますよ。兄家族の子守に駆り出されたんですよ」
「なんや、そうなん」
「そんなことはどうでもいいです。忍足さん顔色悪いですよ。熱でもあるんじゃないんですか?」
ちゃうで。と言う前に伸びて来た日吉の手が忍足の額に触れた。
「忍足さん、すごい熱ですよ。お連れはいるんですか?早く家に連れて帰って貰って下さい」
日吉はきょろきょろと辺りを見回している。
「誰もおらんよ」
「じゃなんで、熱があるのに、こんなところにいるんですか」
「……あ……うん」
「言いにくいことなんですか。じゃあちょっと待ってて下さい。すぐに戻って来ますから」
「日吉……」
問いかける間もなく、あっという間に日吉の背中が見えなくなってしまった。
日吉の言う通りや。俺、こんなところで跡部のデートの手伝いなんてしとるんやろ。
跡部がいちゃいちゃするとこなんて見とうないわ。って自分の思考はなにか、やはりおかしいくはないか……。
すぐに日吉は戻って来た。
「兄達に言って来ましたから、マンションまで送りますよ。一緒に帰りましょう」
「えっ、日吉が俺のこと心配してくれるんか?もしかしてこれ真冬の昼の夢?」
「忍足さん。熱出してキツイ時まで、ツッコミは要りませんから」
「お、おん。でも俺、帰られへんのや。せっかく日吉が言うてくれてるのに、すまんな」
「ひどい熱出しても、ここに一人でいなくちゃいけない理由があるんですか」
怪訝そうな顔をして、日吉が顔を窺っているのがわかった。
「跡部と約束してるんや」
「……やっぱり、跡部さんとデートだったんですか」
「はあ?なんやそれ」
「忍足さんと跡部さん、付き合ってるんでしょ」
跡部では無いが、アーンと言いたい気分だった。
「跡部と俺が男同士でなんで付き合わないかんねん」
「だって、忍足さんは、跡部さんのことが好きなんでしょ」
跡部が好き?突然日吉から突きつけられた言葉に素手で心臓を鷲づかみされたような気がした。
自分が跡部を好き。そんなこと、一度だって考えたことは無い。
男同士で、好きとか、嫌いとか。そんなこと、ありえへん。そんなん当たり前のことやないか。
それなのに。
すぐに日吉の言葉を否定できなかった。
ようやく、自分に言い聞かせるように言った。
「俺、今日は跡部と彼女の二人切りのデートに一役かってんねん。そんな俺が跡部と付き合ってるわけないやろ」
笑った。日吉の方を見て。
笑ってるはずなのに。頬を一筋温かいものが伝っていった。
どうしたんや、俺。忍足はこれもきっと熱のせいだと思おうとしたのに。
跡部が彼女とおるところを見て、なんだか切ない気持になったのは……。
わけもわからない胸苦しさを感じた理由も。
自分が跡部を好きだったからなのか。思いもしなかった日吉の言葉に、解けないはずの方程式の答えがあっという間に。
目の前に、出てきた。
「俺は跡部さんに彼女が出来たと聞いたときも、きっとつまらない噂だと思ってましたよ」
「日吉……」
「忍足さん、自分の気持ちにも気付いてなかったんですか?……きっと跡部さん……も……」
日吉は何か言おうとしたようだが、途中で口ごもった。
なぜだろうと思い問う。
「……なん?」
「いえ、なんでもありません」
「でも、俺自身が気付いてないことに、なんで日吉がわかるん?」
「それは、俺が忍足さんをいつも見ていたからですよ」
「えっ……?」
「そのことも、忍足さんの熱が下がったらゆっくり話しますよ」
「日吉」
「どうしても帰れないのなら、俺が付き添いで暫く救護室で休んでましょう」
「すまんな、日吉」
「構いませんよ、俺は忍足さんが嫌いじゃないですから」
「えっ!?」
「さあ、いきましょう」
日吉の腕がそっと忍足の肩を抱いた。
「歩けますか?」
「ああ、大丈夫や」
これまで日吉とは、まともに口をきいたことが無い。
跡部とは全く違ったオーラだったが、毅然としていて、忍足のようなキャラは、たぶん好みではないだろうと思っていた。
嫌いじゃないとは、どういう意味なのだろう。
しかし、今を難しいことを考える余力が残っていない。
日吉の肩に頭を預けて、足だけを前に出して歩いた。
「あれ、忍足くんじゃ」
忍足という名に、跡部は言われた方を見た。そこには日吉に肩を抱かれるようにして、歩いている忍足がいた。
「あの二人」
「すぐにふざける野郎だから、……」
救護室で暫く横にさせて貰うことにした。日吉が約束通り傍についていてくれるそうだ。
「ほんとにすまんな、日吉」
「構いませんから、ゆっくり横になって下さい」
そして、その言葉の通り、夕方まで休ませて貰うはずだったのに。
横になって暫くすると、跡部からメールが来た。
『予定より早くホテルに入る。すぐにゲートのところへ来い』
えっ、さっき別れたばかりじゃ、まともにデートもしとらんやろうに。何かあったのか。
今からすぐいかなあかんと言うと、跡部さんに日吉が一緒でいいかではなく、一緒に行きますと返信して下さい、と言われた。
こんな風に気使いをしてくれた日吉を跡部から呼ばれたので、帰ってくれとは言えない。
それに一人で歩くのは多少不安がある。
そんなわけで、今日のことも日吉に簡単に説明しておいた。
「じゃあ、行きましょうか」
「ああ」
手をとって立ち上がらせてくれた。そのまま何かと気づかってくれる。日吉ってこんや奴だったのかと、少々忍足はびっくりした。
「日吉までこんなことに付き合わせて悪いな」
「構わないって言ってるでしょう。辛くなったらすぐ言って下さいね」
「ああ、大丈夫や」
待ち合わせのゲートに行き前、さすがに日吉の手を離した。
「早いな、跡部。もうええん?俺ら別れてから3時間も経ってないで」
「あぁ」
「まだ昼過ぎやで」
「しつこいな」
はっ?気を使ってやっとんのに。
跡部は不機嫌そうに返事をした。せっかくのイブのデートなのに彼女と喧嘩でもしたのか。
まさかな。
「おまえらは昼飯食ったのか?」
「俺は食ったけど、日吉はまだやねん。なんか食わしてやってくれへん」
「忍足さん」
何を言ってるんですかという感じで、日吉が腕をつついて耳元で囁く。