聖夜に降る雪の星
「俺のことはいいですから。ちゃんと食べますから。忍足さんこそ、何か口にしたほうがいいですよ。今日は頑張るんでしょ」
「おまえら、そんなに仲が良かったのかよ?」
跡部は訝しげな瞳を、自分達に向けていた。
たぶん。部活中は忍足と話をするようなことが無かった日吉が、突然現れて親しげに話をするのが不思議なのだろう。
「ええ、忍足さんと俺はこっそりと仲がいいんですよ。そういう訳で、急に俺まで一緒ですいませんね、跡部さん」
下剋上と言いつつも、上級生には礼儀正しい日吉の挑戦的な態度に、跡部はいささか戸惑っているのかもしれない。
自分も今日の日吉には、熱のせいがあるかもしれないが、頭の中に疑問符が3つくらい浮かんでいた。
「ああ、構わねえ。それじゃホテル行くぞ」
跡部はそれ以上追及することも無く、ネズミの国のすぐ近くにある跡部グループの高級ホテルに入った。
当然跡部の名前で無いと、中学生とその姉だけで利用できるようなホテルでは無い。
その中でも最高級のスイートルームが二部屋用意されていた。
ホテルの最上階でからの眺めは格別だろう。特に夜になると、眼下はイルミネーションで飾られた夢の世界だ。
いやでもロマンチックを演出してくれるに違いない。
頭の中にちらりと、跡部と彼女はどんな聖夜を過ごすのだろうと言う疑問が浮かんで消えた。
その一部屋に皆で一緒に入った。今晩はこの部屋でパーティをするということだ。
簡単に跡部と彼女を二人きりにしてやれるシチュエーションでもないらしい。
部屋の中は品の良い高級家具が配置され、煩雑な日常から脱却させてくれる素敵な空間が作り出されている。
忍足も日吉も溜息をこっそりと飲み込んだ。
座り心地の良さそうな応接セットの横には、忍足の背よりも高いクリスマスツリーが綺麗に飾られ、青いイルミネーションが点滅していた。
「綺麗やな」
「そうですね」
「オイ、何か手軽に摘まめそうなものを適当に頼んだからな」
「あ、すまんな。……でも俺らがおったんじゃ邪魔やろ。それが届いたら俺ら隣のベットルームで遊んどるわ。なあ、日吉」
「ええ、……忍足さんの世話は俺がしますから」
「……おまえらに気を使って貰う必要はねえ」
そう跡部が言ったら、彼女の顔が一瞬曇ったのを忍足は見逃さなかった。
「あんな、俺の使命はおまえらのイブのデートを成功させるためなんやで。女ごころをわからん奴はアウトやで」
さっき自分の気持ちに気付いたばかりの忍足には、自分でもキツイ言葉を口にしたと思った。
自分がポーカーフェイスを気取れる人間で良かったと思う。
そう忍足が言ったすぐ後に、ボーイさんがサンドイッチにコーヒーと紅茶。果物の盛り合わせを運んで来た。
今日はサンドウイッチに縁がある日のようだ。
それを皿の上に適当に盛ってベッドルームに行こうとすると、跡部から呼びとめられた。
「ここで食っていけよ」
彼女の方もそこまで言う跡部に気を使ったのか、カップにコーヒーを注ぎながら一緒にどうぞと言う。
仕方がないので、忍足も日吉もテーブルについた。
コーヒーと紅茶、どちらがいいですかと彼女から問われたので、忍足はコーヒー、日吉は紅茶の希望を出した。
4人でテーブル座ると、彼女が注いでくれたコーヒーを忍足は口にした。
相変わらず、食欲は無いのでサンドイッチは日吉に勧めた。
パンの間には、厚めに切られた美味しそうなスモークハムが挟まれている。
「こんなもん跡部とおるうちにしか食べられへんで」
と言って笑った。
本当のことを言うと先ほどより、もっとだるさが増していたので、早くベッドに横になりたかったが、
跡部達に余計なことに気を使わせたく無かったから、忍足は精一杯カラ元気を出していた。
目の前では、跡部の彼女がコーヒーの入ったカップを跡部に渡していた。
かいがいしく跡部の世話を焼いている。
彼女が跡部を見つめる瞳を見つけた。
綺麗な指先がふいに跡部の手に触れる。
ドキリとした。
あわてて、目を逸らす。
なあ……許してほしい……。
こんなにも胸が痛い。熱のせいで全ての思考がおかしくなっていると思いたかった。
日吉の言ったことを、真面目な顔をして冗談言うなと笑い飛ばしたいのに。
自分と同じ男に、絶対に報われることのない恋心を抱くなんて。
「忍足さん、そろそろ向こうに行きましょうか」
「ああ、そやね。……跡部、俺ら隣のベッドルームでゆっくりしとるから。跡部たちも仲良くしときや。パーティの時間になったら呼んでや」
日吉がわけのわからない思考を停止させてくれて、助かったような気がする。
隣の部屋に行こうと、ふらつく身体をテーブルに手を置くことでささえて立ち上がった。
「忍足先輩、バックは俺が」
さほど、重くもないバックを先輩にかこつけて日吉が持ってくれる。普段先輩などと呼ばないくせに。
腕もそっとふらつく身体に添えてくれた。
「じゃあな、跡部」
跡部達にニッコリほほ笑むと、日吉と一緒に隣のベットルームに移る。
「ああ」と言った跡部の声の響きが少し気になった。
背中でバタンとドアが閉まると、身体から力が抜けていく。
「大丈夫ですか、忍足さん」
その身体を日吉が支えてくれる。
そのまま、ひょいと腕の中に抱えると、ベッドのところまで連れて行ってくれた。
「日吉」
「無理するからですよ」
今まで聞いたこと無いような優しい声で日吉はそう言った。
「すまんな、日吉。おまえが居てくれて良かったわ」
えっ。なんで。日吉の腕は忍足の背中を抱いたまま。離そうとしなかった。
「……日吉、どうしたん」
はっきりと、ぎゅっと抱きしめられる。
「心配かけないで下さい」
「あ、うん。ごめん」
「……俺、忍足さんが好きです」
突然発せられた言葉に、忍足はどう返事をすればいいのかわからなかった。
それから、日吉はすぐに忍足をベッドに寝かせると布団を掛けてくれた。
まるで何も無かったように。
日吉はベッドの脇にある小型の冷蔵庫の中からミネラルウオーターを取り出すと、タオルに染み込ませて額の上にのせてくれた。
冷たくて気持ちがいい。
「少し寝た方がいいですよ。俺がついてますから。暫く休んで下さい」
眠れと言われても。
さっきの言葉の意味が気になって。
「日吉、さっきのはなん?」
「……俺が忍足さんを、好きっていうことですよ」
「それは、先輩としてという意味か?」
「忍足さんは、意外と鈍いですよね。まあ自分の本当の気持にも今まで気付かなかった人だから、仕方ありませんね」
「……」
日吉の口にした言葉の意味が、すぐには理解できなかった。
「俺の好きは、尊敬という意味じゃありません。あなたとセックスしたいという意味の好きです」
「日吉――」
「俺じゃだめですか?」
「……そんなこと突然言われても」
「やはり、跡部さんが好きなんですよね」
「そんな」
「忍足さんは跡部さんが好きなんですよ。俺は忍足さんのことが好きでずっと見てましたから、すぐに気づきましたよ」
「なに、アホなこと言うとんねん」
「バカなことじゃありませんよ。忍足さん、さっきだってすごく辛そうな顔してたじゃありませんか。
跡部さんと彼女を目の当たりに見るのが辛かったんでしょ」