聖夜に降る雪の星
「いや……本当に悪かったな。熱が上がってるのにも、気付いてもやれなかったし。……俺はちゃんと言って欲しかったぜ」
「すまん。今日一日くらい頑張れると思うとったのに。倒れてしまうなんて。跡部にも皆にも迷惑掛けてしもうたわ、計画めちゃめちゃにして。
ほんま彼女さんには悪いことしたわ。で、日吉と彼女さんは?謝りたいから呼んでくれるか」
薄暗い部屋の中には跡部しかいないようだったから、そう言った。
「帰った」
「えっ、帰ったって?どうして」
「俺が帰って貰った」
「なんでや。彼女とイブの夜を一緒に過ごすためにこんな計画立てたのに。俺のせいか?」
「俺が本当の気持ちを、アイツと日吉に伝えたからだ」
「えっ?本当の気持ちって……」
「悪いのは俺だ。全て俺が悪い」
「跡部。謝ってるばかりじゃわからへんよ」
「そうだな」
忍足を見つめる真摯な瞳に、たじろぎそうになった。
跡部はこれからいったい何を言おうとしているのか。
「最初に言っておくが、アイツはもう俺の彼女じゃねえ」
「えっ!?なんで」
「俺が本当に好きなのは、アイツじゃ無かったからだ。……だからさっき別れた」
「えっ、跡部には他にも好きな子がおったんか」
「はっ……、まあいいから覚悟して聞け」
「……お、おん」
「俺が好きなのは、……おまえだ。俺は同級生で、同じ部活で、何を考えてるのかわからねえ忍足侑士が好きみてえだ」
「跡部、なに言うとるん」
「でも、おまえも俺も同じ男だ。きっとこの気持ちは恋愛感情じゃないと思うことにした。
おまえに似た彼女から告白を受けた時、彼女と付き合えば、きっとおまえに対する感情の錯誤に気付くことができるだろうと思ったんだ。
しかし、それは違っていた。いつまで経っても、好きなのはお前でアイツじゃ無かった。
今日アイツとおまえと一緒にいて、自分の気持ちにけじめをつけようとしたんだ。だからおまえにおかしなことを頼んでしまった。
自分の本当の気持ちを確かめるために。そして今日自分の気持ちをはっきり自覚した。わかったんだ本当の気持ちの正体が。
おまえが日吉と一緒にいると思うだけで、落ち着かなかった。
隣の部屋で二人で何をしているのか気になって、彼女と話をするどころじゃなかった。
彼女にはなんて失礼なことをしたんだと思う。だから本当は、こんなことになる前に。アイツと別れなきゃいけなかったんだ。
クリスマスイブに最低な男だな俺って。自分の気持ちに正直になるしかねえと思った。おまえ以外好きになれないってはっきり言った。
本当にどうしようもないほど、おまえが好きだ」
跡部にしては、たどたどしい言葉だった。懸命に。真摯に。気持ちを伝えようとしてくれた。
「跡部」
「日吉は忍足も俺が好きなんだって言ってたが。おまえの気持はどうなんだ。
いや、おまえがどう思っていようが、俺はおまえのことが好きだ。だから。
今日おまえに。神様の前で告白する。俺と付き合ってくれねえか。俺の恋人になって欲しい」
「嫌ならはっきりそう言ってくれ。……でもダメでも……俺は、簡単にあきらめねえ」
意思は強いのに、跡部の声が震えていた。それがどれだけ跡部の想いが真剣なのかを伝えてくれる。
「……忍足」
「跡部、神様は男同士の愛の誓いなんて許してくれへんよ」
「……だめなのか」
跡部に見たことも無いような生気のない顔をさせるのが自分なのかと思うと、ドキドキするのも仕方がない。
だって自分は跡部が好きなのだから。。
「いいや、俺は……神様より跡部景吾を信じるわ」
「忍足、……本当か。俺でいいのか」
「ああ、今日まで気付いとらんやったけど、俺は跡部じゃなきゃだめみたいやわ」
優しい表情に戻ると、跡部はゆっくりと笑みを漏らす。
「俺もだ」
二人が同じ気持ちでいたのに、気付かない振りをしていた。気付いていても錯覚だと思おうとした。
「なあ、おまえに触れてもいいか?」
「ええよ」
跡部の綺麗な指が頬に触れる。
「まだ熱があるな。もう少し寝てたほうがいいみたいだな」
頬を両手で挟むように触れた。熱のせいでいつもより早い鼓動がもっと速くなる。頬も赤みを増す。
「それだけでええん?」
「今日はこの辺でな。身体にさわるといけねえし」
そう言ったのに。
引き寄せられて、ぎゅっと抱きしめられた。
薔薇の香りに包まれた。自分の好きな匂いだ。跡部の匂いだったから、好きなのだと初めて気付いた。
「跡部。もっと熱上がりそうや」
「おまえが煽るからだろ。我慢してるのを、無駄にさせるな」
「跡部、好きや」
「ああ、わかってる。俺もおまえを……愛してる」
「跡部」
跡部の背中に手を絡めて抱きついた。シャツを越しに触れあった肌が溶け合うような錯覚に眩暈がする。
頬を一筋の涙が伝っていく。嬉しい時にも自然と涙は零れ落ちるのを初めて経験した。
「なに泣いてんだ?」
「ちゃうで、跡部の香水が目に沁みたんや」
「素直に言えよ、アーン」
「そんな恥ずかしいことよう言われへん」
跡部が好きで。嬉しくて涙がこぼれたなんて、言われへん。
そんなことを思っていたのに。
あっと思った時は、涙の跡を跡部が舐めとっていた。
「あ・あとべ」
まともに顔を見ることができなくて、俯く。
「雪どうなったん?夕方降っとったやろ」
なんだか恥ずかしくて、話題を逸らしてしまう。
「そう言えば、珍しくホワイトクリスマスになりそうな勢いで降ってたな。外のイルミネーションも綺麗だしちょっと窓から外を覗いてみるか?」
「おん」
「じゃあ、この薬飲んだら、少しだけクリスマス気分を味合うか」
倒れてすぐに跡部は俺を医者に見せてくれたらしい。気がついたら飲ませろということで、薬も貰っていた。
サイドテーブルの上のカップに水を注ぎ、ヒートシールから薬のカプセルを1つ取り出してくれた。
当然渡してくれるものだと?
ええっ!?
跡部は手にしていたカプセルを自分の口の中に放り込むと、そのまま忍足の目の前まで近づいて来た。
何が起きたなんか理解する経路に、情報が流れ込む前に。
跡部の舌が口の中にカプセルを押し込んでから離れて行くと、今度は水を一口含んで口移しで流し込む。
ビックリして。
ゴクリと飲み込んだ。
そのまま口の中を弄ばれる、口の端からだらしなく漏れた水を当たり前のように舐めとられた。
身体が硬直して、背筋が痺れたような感覚に陥った。
「あ・あとべ。そんなことしたら、風邪がうつるやろ」
そんな言葉しか、もうすっかり余裕綽綽の跡部に対抗する手段はない。
「おまえのヘタレな風邪なんか、うつるかよ。まあ人にうつしたら治るって言うから、貰ってやってもいいぜ」
と笑いながら跡部は言う。
自分の中の跡部は。
そんな非科学的なことを冗談でも口にする跡部ではないのに。
たった一日で今まで自分が思い込んでいた跡部のイメージを簡単に覆してくれる。
「跡部が風邪ひいたら、今度は俺が看病せなあかんやろ。跡部みたいな俺様の面倒を俺はようみんで」
と言うと盛大に笑われた。
「おまえは俺の傍らにいてくれるだけでいい」
「跡部、どうどうと恥ずかしいこと言うなや」
「いいじゃねえか、今日くらい」
「……跡部」