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くもり時々雨 のち 晴れ

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「野菜〜野菜はいかが〜」
「そこのお姉さん、ちょっとうちの店、覗いていかないかい?」
「バナナ〜、バナナは入りませんか〜」
 ブレイダブリクの街は以前と全く同じように賑わっていた。確かこの前最後にここに来たときは、すでにデウスの放ったアイウォーン達に襲撃されて無惨な瓦礫と化していたはずだったのに。
 ボクは思わずため息が出てしまった。
「すご〜い、これ!本当に若がここまで元に戻しちゃったの?」
「当ったりめぇ〜じゃねぇか!俺以外に一体誰がこんな芸当できる?ま、そういうお前も大したもんだがな、ニサンをあそこまで復旧させたんだから」
「あはは、ボクの場合は・・ボクがやったというよりかはシスター達や村の人達のおかげかな」
「そう言われてしまうと、俺もシグや爺や街の人々みんながいたからということになるんだが・・・・ま、いいや、どこか、行きたいところあるか?」
「そうだね・・・」

 若は、上機嫌に笑顔を振りまいて、あちこち案内してくれた。
 前と変わらない優しい笑顔。
 せっかく忘れてたのに、封じ込めてたボクの想い、全部思い出しちゃったじゃないか!
 いや、もしかしたらずっと忘れてなかったのかもしれない・・・

 ボクは何気なく若を眺めてみた。 
 じりじりと照り付ける太陽に反射する褐色の肌は少し色が濃くなったような気がする。
 顔つきは前よりも少し精悍になってる。
 背もまたちょっと伸びたんじゃないかな。
 なんだか、前よりもかっこよくなった・・・

「どうしたんだ?ぼうっとして」
「いや、何でもないよ。ねぇ、若、若ったらきっともてるんでしょ?恋人とかはいないの?」
「おい、いきなり、何を言うかと思えば・・・いるわきゃないだろ、そんなもん」
「え、そうなの?」
「ここを作り直すのに忙しかったんだ。そんなもん作ってる暇はなかったよ」
「そっか・・・」
 
 自分でも驚くほど安心した。
 ボク・・・もしかして、前よりも若のことが好きになってる?

「そういうお前は・・・・」
「え、何?若」
「いや、何でもねぇよ。さ、次行こうぜ、次!次は俺様の広場にご案内だ!」
 と言われて、連れて行かれたのはあのバルトロメイ広場。そこは以前とはかなり様相が変わっていた。今日はちょうど休日ということもあって、そこは多くの人で賑わっていた。特に多いのは恋人達の姿だった。
「ふふーん、ここは、特に気合いをいれて作り直したんだぜ!名付けて、『恋人達の憩いの場』、ムードたっぷりに整備したんだぜ!おかげで、今はブレイダブリク一のデートスポットさ!」
 若は嬉々として得意げに紹介してくれた。
「でも、肝心の若に恋人がいないんじゃ、意味がないんじゃない?」
「・・・・・・・・痛い所をつくなぁ、お前は。ま、それはおいとこう」
「クスクス・・」

 あちこちで恋人達が手を取り合って楽しそうに語らっている姿が見えている。
 ボクたちも恋人に見えるんだろうか・・・・んなわけないよね。
 こんなおちゃらけたカップルなんて、いないもの。
 きっとただの兄妹くらいにしか見えないんだろうなぁ・・・兄妹・・兄妹・・・
 その時、ボクにあの時の苦しみが甦ってきた。胸が締め付けられるような苦しみ。
 ボクは今でも若のことがすごく好きだ。前よりももっともっと好き。でも、またボクの想いがはじき返されてしまうことがすごく怖かった。もう嫌なんだ、届かない想いを抱いて泣くのは・・・
 そう思い始めると、急に若と一緒にいるのが辛くなってきた。

「おい、マルー、大丈夫か?どこか、具合でも悪いのか?」
「ううん・・大丈夫・・だけど、もう帰りたい」
「あ、ああ、それはいいけど、本当に大丈夫か?」
「うん、大丈夫だから・・」
 そう言って、無理矢理、若のアジトに戻ったボクは、着くなり自分の部屋に閉じこもった。若が様子を見にこようとしたけども、突っぱねた。

 どうしてこんなところに来ちゃったんだろう
 若といるのはつらいだけなのに
 来るんじゃなかったよ〜
 若のばか、ばか、ばか!どうして、今頃になってボクの前に現れるんだよぅ!
 ・・・・・・・・・・・・ 
 もう、帰ろう・・ニサンへ
 
 いつの間にか、日も落ちていた。再び若が訪ねてきて、夕食に誘われた。気分
も大分落ち着いてたから、とりあえずつきあってみた。

「気分はどうだ?」
 食後のコーヒーカップを手にした若が心配そうに尋ねてくれた。
「うん、もう大丈夫だよ」
「ほっ、よかったぜ。じゃあ、明日はまたつきあえるよな?明日は王城跡とか案内するぜ」
「それが・・・ボク、明日ニサンへ帰ろうと思うんだ」
「え!?どうしてなんだよ。せっかく来たんだからゆっくりしていけよ」
「・・・いろいろあるから、ゴメン」
「なぁ、マルー、お前、何だか変だぞ?一体何があったんだよ」
「・・・・・」
「おい、マルー」
「何でもないよ。ごちそうさま!」
 そう言って、ボクはまた逃げ出してしまった。 


 夜も大分更けてきた。
 このまま、気まずい状態でニサンに帰っちゃうなんて、やっぱりやだ・・
 最後にもう一度、若に会ってちゃんと話したいと思って、ボクは若の部屋を訪ねてみた。
「若?若〜、いる?」
 おそるおそるボクは若の部屋へ入っていった。
「おーい、こっちだ!」
 テラスの方から、声がして、ボクはそちらの方へ歩いていった。
 若は上半身に何も纏わずに、テラスのベンチに座っていた。月明かりに照らされて、彼の肌が暗闇の中でおぼろげに光り、濡れた長い髪がそこに絡みついていて妙な艶めかしさを醸し出していた。
「何、ぼーっと突っ立ってるんだよ」
「だ、だって、若・・裸なんだもん」
「けっ、お前照れるような柄かよ。単にシャワー浴びて涼んでたところだよ。しばらくしたら、お前の部屋へ訪ねていこうと思ってたから、ちょうどよかったぜ。ま、お前も座れよ。夜空が綺麗だぜ」
「わー、ほんと」
 振り仰いだボクの目にとびこんできたのは、空一面にちりばめられた星達とまぶしいとも思えるほどの美しい満月。そういえば、この5年間、ゆっくりと星空を眺めたこともなかったから、夜空ってこんなに綺麗なものだったんだと再認識した。

「ブレイダブリク、そんなに気に入らなかったか?」
 ボクの隣に座っている若がふいに口を開いた。
「う、ううん、全然そんなことないよ!」
「じゃあ、どうして・・・」
「うん、まだ、いろいろとあってね。もっと落ち着いたら、また来させてもらうよ」
「そうか・・・」
 若はそう言って、天を仰いだ。しばらくして、またふいに口を開いた。
「5年ぶりなのに、あんまりそんな気がしないな・・・」
「あ、若もそう思う?ボクもそんな気がしたよ」
「5年でよくニサンをあそこまで立て直したな。お前、よく頑張ったな」
「え?そんな・・若に比べれば全然たいしたことないよ」
 そう言って、若の顔を見たら、彼と目が合ってしまった。いつになく優しい目をしていた。ちょっと恥ずかしくて目を反らそうとして若が上に何も着けてないのに気付き、目のやり場に困っていたら、ふと彼の背中が目に入った。
 酷い傷跡が縦横無尽に残っている。
 思い出す度に胸がしくしくと痛む記憶が甦る。
 
作品名:くもり時々雨 のち 晴れ 作家名:絢翔