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遠い夏の終わり・1

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 これでも、結構な時代を生き抜いてきた国だ。自分の立ち位置くらい、もう、分かっている。分かりすぎるほどに分かっているつもりだった。
 上司がどれほど拒否しようと、すでに時代は動き始めている。この地は統一を求めている。どれほど拒絶しようとも。そして、それはプロイセンのものにはなり得ない。
 伊達にこんな歳月を生き抜いてない。分かっている。分かっていた。

 いつだって、世界が、時代が選ぶのは、俺では無い他の誰かなのだと。




 ケーニヒスベルクに戻りたがる上司を放置して、プロイセンはベルリンにしばらく滞在することを周囲に伝える。
 結局、あの少年はあの場に残したままベルリンの居城に戻った。少年を正視できないまま、逃げ帰るように戻った。
 苛々とした感情を持て余したまま、ベッドの上を転がる。
 今、自分の運命を左右するほどの決断を迫られているのだと、感じた。少年を受け入れるか、拒絶するか。それが今後のプロイセンの進むべき道を決めてしまうだろう。
 プロイセンがあの「ドイツ」と名乗った少年を拒絶すれば、少年はオーストリアの元に行くのだろうか。それとも、消え行くだけなのか。どうなのだろう。
 この数年で、このドイツの地に国を構える諸邦たちが、ようやく纏まろうという意志を示し初めていた。統一なんかに興味の無かったプロイセンだが、反オーストリアを唱える諸邦たちが、プロイセンを担ぎ上げようとする動きが頻発し始めている。
 ウィーンで革命が起きた時にも、ドイツ諸邦の間で統一に突き進もうとする機運が高まったが、肝心のプロイセンもその上司も統一というものに興味を示さず、拒絶するに終わった。
 欲しいものはプロイセンの大国化であって、ドイツ諸邦で纏まることではなかった。何よりも、上司はプロイセンが統一に踏み切れば、いずれ統一ドイツの中にプロイセンという国が吸収され消え行くだろうことを畏れていた。
 しかし、今尚、この地の国たちはオーストリアによる統一かプロイセンによる統一かを求めようと動いていた。
 ロシアやフランスによる驚異から脱するには統一という形で纏まるしかないのだと結論付けたということか。
 そして、北部のドイツ諸邦がプロイセンの元に纏まってきている今、少なくとも、上司たちの中に統一に進む道も視野に入れている者が出てきていることも確かだろう。
 プロイセンの名の元に纏まり、統一を果たしたところで、「ドイツ」と自ら名乗った少年の存在がある限り、統一ドイツはプロイセンのものにはなり得ない。もし、民意に押され統一した時、プロイセンの存在はどうなる? プロイセンが「ドイツ」になることは無いと、あの少年の存在が言明しているのに。
 このタイミングでプロイセンの元に姿を現した少年の意味を思う。
 統一ドイツが、プロイセンの元で生まれようとしているのか。
 この地の統一。オーストリアが神聖ローマ帝国の盟主として動きながら、一度は成功したかに見えたが、結局崩壊に至ったこの地を纏めるという動き。
 神聖ローマ消滅後、オーストリアは再びドイツ連邦という形で纏めようと躍起になっている。それに少なからず反発を示しているは他ならぬプロイセンだった。
 神聖ローマ時代の領域をそのままに使っている為、プロイセンの国土は半分だけこのドイツ連邦に加わっている形になっているのだ。名を変えただけで何も代わり映えしないこのドイツ連邦。同じことの繰り返しだと、反発を示すのはプロイセン以外にも多くいたようだった。
 一見、纏まっているように見えてもすでにばらけ始めているこの連邦という名の枠組み。破綻するのは時間の問題かとも思われていた。
 そこに現れた「ドイツ」と名乗る存在。神聖ローマと酷似した容姿を持つ少年。彼なのか、違う「ドイツ」の象徴なのか。
 プロイセンもまた、オーストリアと並んでこのドイツの地を纏める力をすでに持っていると判断されたのか。
 天の気まぐれか、時代が求める必然か。
 あの少年の存在はプロイセンにとっては諸刃の剣になるだろう。
 おそらく、統一ドイツの象徴となるはずの、あの少年を手に入れればプロイセンの力は益々強くなる。しかし、きっといずれその力に自分は飲まれてしまうだろう。
「プロイセンはいずれドイツの中に解消されていく…」
 議会の場で、統一の盟主となることを拒んだ上司が去り際に呟いた言葉が、脳裏を過ぎる。
 プロイセンが生き残るための道は果たしてどれなのか。何をすべきで、何が最善となるのか。
 空を睨むようにして、思いを馳せる。
 自分は、何がしたいと思うのか。何を願うのか。
 寝転がったまま、空を睨み続けた。
 何を思い、何を願う?

「くされ坊ちゃんにだけは、渡せねぇよな、やっぱり」

 プロイセンはゆっくりとベッドから下りる。
 ラフな衣装の上にマントを羽織ると、静かに城下へと足を向けた。



 昼間と同じ場所を訪れる。夜には姿を消すと聞いていたが、少年は深夜近くの時刻にも関わらず、昼間と同じ場所に座り込み、夜の町を眺めていた。
 待っていた、のだろうか。プロイセンを。
「よう」
「……?」
「お前、寒くないのか? よく見たら随分と薄着じゃねぇか」
「……」
 プロイセンの言葉に、少年は自分の出で立ちをまじまじと見つめる。
 寒い、の意味が分からないのか。
 真剣な面差しで、自分の衣服を引っ張ってみたり生地の薄さを確認したりしていた。そして、自覚した途端に寒さを感じ始めたとでもいうように、可愛らしいくしゃみを一つ。
「どんだけ鈍いんだ、お前…」
 プロイセンの口元に苦笑いが浮かぶ。
 少年はゆっくりと自分の衣服から手を離した。それから、ゆっくりと目の前に立つプロイセンを見上げてきた。澄んだ真っ直ぐな眼差しで。
「また、来てくれたんだな」
 幼い見た目や仕草とは反して、大人びた口調で少年は言う。
 その口調に、一瞬、プロイセンはどきりとする。脳裏をよぎるのは、よく似た亡国の姿か。
 軽く頭を振り雑念を払うと、プロイセンはいきなり少年を抱き上げた。
 さすがに抱き上げられるとは思っていなかったらしい少年が小さく息を飲む。それがおかしくて、可愛らしくて、プロイセンはケタケタと笑った。
 もう、覚悟は決まっていた。進むべき道筋は、今決まった。
 この「ドイツ」がオーストリアの手に渡れば渡ったで、プロイセンという国が力を持ったオーストリアによって消されることは必至。
 近い将来、確実に、プロイセンとオーストリアはこの地の覇権を巡って衝突する。この流れは、最早、変えられはしない。
 統一の盟主となる道もならない道も、どちらもプロイセンの辿る末路は同じように見えた。
 ならば、面白く暴れてやるのも悪くない。この存在を掛けて、大国を造ってやるのも、悪くない。
 プロイセンがどう足掻いても絶対になることは出来ないのだと断言されたも同じ、大国という存在。その大国になれないというのなら、この手で造ってやろうか。
 だが、しかし、諸刃の剣とはいえ、そんな簡単に消えてやるつもりもない。どんなことをしてでも、生き残ってやる。
 どんなものでも利用し、生き残ってやる。今までそうやって生きてきたように。
作品名:遠い夏の終わり・1 作家名:氷崎冬花