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梅花色の幸福な夢

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 学校にいると少し楽だった。多くいる生徒や関係者の生気が呼気に混じって常在している。呼吸をする振りをしてそれを摂り込み空腹感を慰めるのだが、どんなに繰り返しても直接的に摂るまでには及ばない。故に学校にいると少し辛い。目の前に血気に満ちた、しかも若い人間が大勢いるのに断食は続行される。気分が滅入った。
「お腹減った」
 ポツリと零す。
「もう4時限だしね」
顔を上げると級友の竜ヶ峰帝人が苦笑している。
「あ、そうだ、手、出して」
首を傾げながらも手を出せば、カラン、と音を立ててイチゴ味のドロップが缶から転がり出てきた。
「あんまり足しにならないかも知れないけど、あと1時限でお昼だから」
「ありがとうございます……」
杏里が礼を言ったところで鐘が鳴り、帝人は自席へ戻っていった。

 帝人と杏里には、共通の人間でない知人がいる。セルティ・ストゥルルソンというアイルランド出身の首無し妖精なのだが、彼女は優しくて恰好良い。頼れるお姉さんだよね、と口を揃えることがこれまでに何度となくあった。人間である帝人が彼女とどうして知り合ったのかは定かではないが、彼が人外に偏見なく接するのはセルティが好人物だからだと杏里は思う。そのセルティは杏里が寄生蟲だと知っていて、あまり辛いようだったら帝人に事情を話して生気を提供して貰うのも一つの手だ、と言ってくれた。帝人はきっと協力してくれる、とも。
 しかし杏里は打ち明ける気になれなかった。
 寄生蟲に食われる、ということは提供者にそれなりの負荷がかかる。血液を奪われれば貧血になり、生気を奪われれば熱病のように身体が重くなる。それだけ負荷をかけておきながら寄生蟲は、例えばよく聞く吸血鬼のように提供者に快楽等を齎すこともなく、真似事をしても提供者に与えられるものは痛みだけなのである。
 故に杏里は帝人から何かを提供して貰いたいなどとは思わない、提供して貰うことはないのだから打ち明ける必要もない、というのはただの言い訳だ。
 本当は拒絶されるのが怖いだけだ。あの真夜中の水面のような瞳に恐怖を以って見つめられたら悲しいのだ。これは帝人を信用していないのと同義であるかも知れない、しかし打ち明ける気にはどうしてもなれなかった。

 ぼんやりと考えながら、教員が来る前に食べてしまおうと掌上を見て、しかし一瞬、口に入れるのを躊躇する。飴は、白と赤が溶け合った梅花色をしていて、夢の内容がフラッシュバックされた。
  白魚の柔肌、
   温かな鮮血、
    何より名前を呼ぶ淡色の唇から零れる生気。
思わず咽喉が鳴る。我に返って口に放り込めば甘い甘い味がする。素直においしいと感じた。帰りに買っていこう、と飴をくれた帝人を見やる。
 ― 彼に拒絶されたくない。
 ― 彼と一緒にいたい。
だからこそ知られたくない。空腹感にだって耐えてみせる。
 決意と共に飴は噛み砕かれた。



 分かっていたことだがドロップは他の味との詰め合わせだった。イチゴ味を食べたいだけなのでいくつも買い込んで家でひっくり返し、イチゴ味だけ缶に詰め直した。
 缶を振るとカシャカシャと音がして幸せな気分になった。
 その晩から夢の内容が少し変化した。

  白魚の柔肌、
   温かな鮮血、
    名前を呼ぶ梅花色の唇から零れる生気は、イチゴ味のドロップと同じ味がした。
作品名:梅花色の幸福な夢 作家名:NiLi