梅花色の幸福な夢
それから完全にイチゴ味のドロップ中毒になった。その日もまた大量に買い込んでイチゴ味のみ缶に詰め、他の味は適当な瓶に纏める。食べないので処分に困りながら、岸谷家で輸血パックから血液を啜っていた。しかし
「杏里ちゃん、君にとって辛いかも知れないけど、しばらくドロップは禁止ね」
新羅の言葉に冷えた血は咽喉を通らなくなる。
否、分かっていたことだった。
血気を食餌とする寄生蟲がそれ以外のものを常食して良いわけがない。にも拘らず、最近は日に1つ以上食べている。明らかな過剰摂取だ。
「そんな顔をされても駄目なものは駄目。死んじゃうよ?」
自分がどんな顔をしているのか杏里には分からなかったが、言われていることは理解出来る。消化すら出来ない毒を食べ続けて無事でいられる筈がないのだ。
「だからごめん、ドロップは預からせて貰う」
項垂れ、鞄から瓶を出して卓上に置けば、ゴトリ、と重い音を立てる。
『こんなに持ってたのか!?』
瓶一杯に詰め込まれたイチゴ味以外のそれを見て、セルティが驚いてPDAを向けてくる。
「いえ、これは食べない方の……」
イチゴ味以外は要らない、という強情な嗜好の結果を見た新羅は、赤は食欲を増進させるからね、と苦笑した。その言葉に納得する半面で、あの色は赤ではない、と否定したくなった。ただの赤であんなに強い欲求は起こらない、と同じく取り出したドロップ缶のパッケージを眺める。実物ではないそれは色彩が誇張されていて何も感じなかったが。
『やっぱり、帝人に協力して貰おう? 私からも頼んでみるから』
セルティの提案に杏里は俯いた。みかどくん、と呟いて缶を強く握る。
思えば、帝人からイチゴ味のドロップを貰ったのが始まりだった。夢にまで見る梅花色をした唇とドロップを重ねて、夢がドロップの味になり、空腹に苦しむ度に夢と同じ甘さへ現実逃避して中毒に至る。勿論、帝人のせいではない。彼は空腹の杏里を気遣って飴をくれただけだ。苦笑、でも優しい顔だった。その優しい顔が拒絶を示す、と考えるだけで恐ろしい。想像なんてとても出来なかった。
「……いい、です。帝人君の負担になりたくないから」
「帝人君より適任なんていないと思うけど」
新羅の言うことは分かる。人外に偏見がなく杏里自身と親しい、年齢も若いので回復も早い。それでも帝人だけは嫌なのだと杏里は首を横に振る。
『でも』
「知られて拒絶されるくらいなら毒で死んだ方が幸せです」
存外に強い口調で言葉は放たれた。我に返り、血液を提供してくれている、生かしてくれているのに何ということを言ってしまったのだろう、と後悔に駆られた。2人を見れば驚いたように杏里を見ている。
「杏里ちゃん」
「ごめんなさい、ごめんなさい」
『帝人は』
「ごめんなさいっ」
どうして良いのか分からず、後に続く筈の言葉を待たずに杏里は岸谷家を飛び出した。