ふざけんなぁ!! 3
帝人でなかったら、きっと直ぐに泣かされて退学届けを即座に書かされていただろうに。
背後ではいつの間にか、セルティの影にぐるぐる巻きにされた静雄が、殺す殺す殺す殺す殺すと、教師に対し、怨嗟の呪文を唱え続けている。
彼の一途な気持ちは本当に嬉しいけれど、帝人の為を思うなら、どうか何もしないで欲しい。
それが一番、ありがたい。
「まぁ、在校生がこうも頻繁に怪我をしているのに、学校は今まで何にも指導してこなかった訳だし。もし帝人ちゃんがこのまま、静雄に取り返しがつかない大怪我でもさせられたら、世論はきっと、見て見ぬフリをした学校側を、面白おかしく糾弾するだろうね。ただでさえ静雄は超有名人の身内だし、TVの報道も苛烈極まると、私でも十分予想がつくよ」
「超有名人?」
帝人は新羅の言葉に、こくりと小首を傾げた。
そういえば、外で静雄が黄巾賊を薙ぎ払っていた時も、『有名人の家族』がどうとか、呟いていた気がする。
『帝人、静雄の弟は、何と、俳優の羽島幽平なんだ』
セルティが、わくわくとした雰囲気で、盛大にネタ晴らしをしてくたが、彼女の期待する歓声は、生憎帝人の口から漏れる事はなかった。
実際、彼女は芸能畑に物凄く疎い、天然記念物のような人間だった。
逆にネット界……、クラッキングの元祖ことジョン・T・ドレーパーや、その他諸々の尊敬するハッカーやクラッカーの名は、すらすら思い出せるマニアックだけれど、TVなんて殆ど見ないし、名前を言われただけでは判らない。
うーんうーんと、眉間に皺を寄せて考え込む彼女に、呆れた正臣が助け舟を出す。
「帝人、【吸血忍者カーミラ・才蔵】役の人」
「あ、判った」
ぽんと手を打つ。
それなら覚えている。
ゴールデン・ウィークに、静雄の奢りでシリーズ最新作の映画を見たばかりだ。
「そう言えば、目元とかは、静雄さんに似てますね♪ そんなに有名な方なんですか?」
「真顔で聞くなよ。ハリウッドからもオファーが来た、今日本で一番売れてる俳優だ」
「へぇ……、で、ハリウッドって凄いの?」
と聞いた途端、またまた正臣のチョップが、頭に決まった。
酷い。
「もういい、俺が悪かった。後日ゆっくりセルティさんから聞いてくれ」
「うん……、じゃあ、話を戻すけど、折原さんが親に密告しなくても、静雄さんの家に私がご厄介になってるのは事実だし、このまま学校側にこっそり親呼ばれたら最後、言い訳一つできないまま実家に戻されるのは目に見えてます。せめて防波堤で住む場所だけは別にすれば、丸く納まるでしょ」
「まあ、理屈で言えばそうだが」
今回は口先三寸で切り抜けてきたけれど、今後の振り方を考えなきゃならない時期に来ているのは確かだ。
静雄には言えないが、このまま彼の元にいたら、何時までたっても自分はバイトを探せない。
節約にも限界があるし、貯金を崩して生活費や学校の諸経費に当てていたけど、普通に学ぶのだって教科書代だの調理実習の材料費だの課外授業代だの修学旅行の積み立て金だの、参考書代だの色々お金はかかるのだ。
間借りさせて貰っている今、ケジメで食費を半分負担し、労働力で静雄の役に立とうと努力してきたけれど、無収入は辛い。
このままでは夏前にはきっと、貯金すら底をついてしまう。
それに、怪我だ。
体育の単位は兎も角、夏休みにはいくらなんでも帰省しなければならないのに、親に顔を見せた時、包帯だらけになってでもしたら、本当にヤバイ。
「そういう事情で、私、引っ越さなきゃならないんです。静雄さんと今後もお付き合いをする為にも、実家に帰りたくないんです。だから………、安くていい物件があったら、是非紹介してください。後、健全なバイトも……、とにかくお願いします」
交際を辞めると言わなかった帝人に、静雄は嬉しかったようだが、出て行くのはほぼ本決まりになりそうな雰囲気に、しょんぼりと項垂れてしまった。
帝人的にも、行き場を無くした彼女を拾って二ヶ月も保護してくれた恩人だ。
彼の悲しい顔は見たくないし、またインスタントや外食ばかりの食生活に戻りそうで心配だし。
優柔不断だけど、できれば一緒にこのまま過ごしたい気持ちもあって、じわりと涙が滲み出す。
でも、もうこれしか東京に残れる手段はない。
「となると、渡草さんっすかね?」
「そうだよね。マンションのオーナーだし」
「ううううう、そりゃ、何とかしてやりたいけど、俺一番立場が弱いんだぜ。兄貴と姉貴が何て言うか……。月三万でも厳しいのに、二万円台なんて……」
「なあ、帝人。じゃあお前、俺と暮らすのが……、嫌な訳じゃねぇんだな?」
ぐいっと顎を持ち上げられ、見上げれば、情けない顔をした静雄が見下ろしていた。
ああ、そんなうな垂れたわんちゃんみたいな顔は反則です。
「……あたりまえでしょ。ずっと静雄さんと一緒にいられたら、こんな嬉しいことないのに………残念です………」
食費さえ半分出せば、その他、水道光熱費等諸々全部が静雄持ちなのだ。
家事は全く苦にならないし、あしらい方を間違え、怪我さえ負わせられなければ、このまま高校卒業まで、家政婦として彼の家に置いて欲しいぐらいだ。
じいっと二人の様子を、胡坐をかいて傍で見ていた正臣が、がりがりと頭を掻き毟った。
「……あー、もうしょうがねぇなぁ。うちの妹を他人にくれてやるのすんげー惜しいけど、帝人も本気でマジなようだし、………兄貴が一肌脱いでやる、感謝しろよ……」
軽薄な口調と裏腹に、顔は強張り、心底渋々といった雰囲気が駄々漏れだ。
彼はおもむろに、ズボンのポケットから携帯を取り出した。
「……あー、十時ちょっと前か……。ぎりぎりだな。帝人ぉ、ちょっとお前、口貸せ……」
「……ほへ?……ぎゃあああああ、正臣、何してくれちゃってんのちょっと!?」
短縮で彼が掛けた先は、帝人の実家だった。
じたばたともがく真横で、飄々と携帯を握った彼は、帝人の繰り出す猫パンチを適当に受け流しながら、にんまりと口を歪めた。
「夜分遅くにすみません、紀田正臣です。お久しぶりですおばさん♪ 今日は帝人の件でちょっとお話があるんですが、今お時間いいですかぁ?」
作品名:ふざけんなぁ!! 3 作家名:みかる