悲しみ連鎖
ぼたぼた、地面を液体が濡らしていく。それは俺の血だった。ルートの血だった。
周りは完璧に包囲されてて、負けるのなんかもう時間の問題で。それが分かってるからか、向こうは随分と悠長に構えてた。俺たちはもうゆっくり対策を考えてる暇もない。ただ向かってくる敵を場当たり的に倒すことしか出来なかった。そんな風に戦って、勝機が見えるなんてことある筈がなくて。俺たちはただただ消耗していくだけ。
本当に、負けるのなんか時間の問題だ。だとしたら、5分先に負けるのも5日先に負けるのも、一緒だと俺は思う。こんな戦い長引かせたって、何のいいこともない。だから俺は声を張り上げる。
「もういいよルート。もう止めようよ!」
「ここまで来て諦めると言うのか!」
向こうから苛付いたみたいな怒声。
ルートだって分かってるのに、どうして戦い続けることしか考えられないの? このままじゃ、俺たち死ぬよ。絶対助からないよ。相手はもう余裕を見出だし始めてて、のんびり総攻撃体勢に入ったりしてるんだから。
ほら、そんなに血、出てるじゃん。放っといたら死んじゃうよ。ねぇ、ルート。
「だって死んじゃったら何にもならないよ!」
死んじゃったら、そこで終わりなんだよ。思い出も約束も何もかも全部、そこで終わっちゃうんだよ。今までの頑張りだって、消えてなくなっちゃう。それで、そのうち皆の記憶からも失われていく。誰の心にも残らない。俺たちがいたことなんて、なかったことにされてしまう。
そんなの悲し過ぎるよ。そんなのは、嫌だよ。
「俺は、ルートが死ぬのなんかやだよ…!」
駆け寄ってギュッと腕に縋り付いたら、ルートは驚いた顔をした。もしかして目、霞んでほとんど見えてないの? 当たり前と言えば当たり前、なのかな。こんなに血出てるもん。これでいつもと変わんないくらい元気だったら、ちょっと怖いよね。
腕を振り払って行こうとするルートを、俺は必死で引き止める。行かせないよ。行かせたくないよ。死にになんか、行かせたくないよ。
「、フェリ…」
窘めるみたいな、懇願するみたいな、押し殺したルートの声。
何をそんなに焦ってるの?
俺、ルートのこと大好きだよ。でも今のルートは好きになれない、かな。
だって、死に場所、探してるみたいなんだもん。このままどこかで死んじゃうのを、望んでるみたいなんだもん。
ねぇ、その目はどこを、何を、見てるの? 何を必死で探してるの?
「ね、もう止めよう? 誰も怒ったりなんか、しないよ?」
そう、俺たちが戦うのを止めたって、誰も怒ったりなんかしない。寧ろ皆喜ぶよね、平和を乱す奴が投降したら。ルートが何に駆り立てられてるかなんて知らない。
知らないけど、それってそんなに大事なものなの? 自分の命より大事なものなの?
俺はそんなもの、ないと思う。命より大切なものなんて、どこにもないと思う。ねぇルート、もう止めようよ。
俺が意地でも離さないって分かると、ルートは深く深く溜め息を吐いた。そして呟かれる言葉。
「………そうだな。少し、疲れた…」
「っ、ルート!」
ぐらり、ルートの体が傾ぐ。支えようとしたけど失敗して、一緒に倒れてしまう。俺にも案外、血が足りてなかったみたい。
くらくらするのを我慢しながら地面に座り込んで、ルートの頭を膝の上に乗せる。見つめたルートの顔は血の気を失って真っ青で、嫌な予感が脳裏を過ぎる。でも、ちゃんとルートは息をしてた。ちょっとだけホッとして、俺は息を吐く。
あぁ、俺たちどこで間違っちゃったんだろう。こんなことになるの、望んだりしてなかったのに。
君を失うことが怖い
(また、俺の前から君がいなくなることが、)