悲しみ連鎖
日妹視点/伊・独降伏後
少しばかり前にフェリシアーノさんが降伏しました。僅かばかり前にルートヴィッヒさんが降伏しました。二人とも満身創痍でした。もうどうやっても戦えない状態でした。
兄様は降伏していません。兄様も満身創痍です。立っているのさえ辛いに違いありません。それなのに兄様は降伏していません。
新聞はずっと「転進」をしていると伝えています。要は負けているのです。
全盛期はかなり南まで伸びていた支配圏が急速に狭まりました。上司の定めた防衛線の内に、連合の兵士たちが入ってきています。上空にはいつも敵機の姿が見えるようになりました。先日陥落したという、南の小さな島を拠点にして飛んできているのです。
近所から子供たちの声が消えました。戦火の及ばない田舎へ疎開したのです。街中では一億玉砕が叫ばれるようになりました。いざとなれば本土決戦も辞さぬ、あくまで戦うという決意の表れです。
最南には、もう誰かが乗り込んできたといいます。激しい戦いが繰り広げられていることでしょう。沢山の命が失われていっているのでしょう。上司はまだ戦争を止めないつもりのようです。もう決して勝てないと分かっているのに、今さら退けないのでしょうか。
玉砕、転進、特攻。あぁどれも聞きたくありません見たくありません。兄様は傷付ききっています。こんな得るものなど何もない戦争なんて、一刻も早く止めたい筈なのです。それなのに兄様は降伏しません。血刀を振るって戦い続けています。
何故。何故なのですか、兄様。どうして降伏しないのですか。今日も何千人もの国民が死んでいきます。私の体の痛まない日はありません。兄様だってそうでしょう。いいえ、兄様はもっと苦しい筈なのです。それなのに。
かたん、小さな音がして、私は伏せていた目を開きました。襖を誰かが開けています。血腥い臭いが、鼻を突きました。
「桜、」
そこにいたのはルートヴィッヒさんとフェリシアーノさんでした。どちらも酷い怪我をしているのが、巻かれた包帯の上からでも分かります。
ルートヴィッヒさんとフェリシアーノさん。降伏した二人。降伏出来た、二人。
私は身を起こしました。ずくんと全身が痛みました。けれどそんなことは気になりませんでした。何か言い掛ける二人を、私はらしくもなく強い語調で遮ります。
「帰って下さい」
その言葉に、ルートヴィッヒさんが眉根を寄せました。フェリシアーノさんが泣きそうな顔をしました。客人に対して言うには、不躾な言葉だったという自覚はあります。でも私はそう言うことしか出来ませんでした。それ以外に言葉が見付かりませんでした。
ルートヴィッヒさんとフェリシアーノさん。降伏出来た、二人。
「帰って下さい……お願いだから帰って!」
私は半ば叫ぶように言い放ちました。拍子に咳き込んで、私は血反吐を吐きます。もう慣れてしまった鉄の味に、気分が悪くなりました。量がかなり増えています。片手では受け止めきれずに、真っ赤な血は布団を汚しました。あぁ、きっと私は永くない。
まだ何か言いたげにしているフェリシアーノさんを引き摺るようにして、ルートヴィッヒさんが去っていきます。降伏した二人。降伏出来た、二人。
私はその姿をぼんやりと眺めました。二人とも満身創痍です。どうして動けるのか不思議なくらいでした。でもそれは兄様も同じなのです。いいえ、もっと酷いかもしれません。
僅かな音を立てて襖が閉められます。閉まりきってしまう前に、済まない、とルートヴィッヒさんの口が動いたような気が、しました。
何に憶するというの
(敗北は悪なんかではないのに)