悲しみ連鎖
目に映るものが何もかも新鮮でした。
アルフレッド・F・ジョーンズ──そう名乗った彼に、半ば拉致の勢いで連れてこられた亜米利加という国。ここは彼の国でした。異人さんは自国にもいましたし、彼らの文化も入ってきてはいました。けれど、その大半はあの子の、桜の領分であったので。私には余り馴染みがなかったのです。
なので、私はこちらに来てから始終驚いてばかりでした。文化の違いというものは、国が違うとこうも鮮明になるのでしょうか。耀さんと私だと、ここまでの違いは感じないのですが。
「Hey! 何ぼーっとしてるんだい、菊」
「、すみません…少し考え事を」
アルフレッドさんはとても元気な方です。お若いので力が有り余っていらっしゃるんでしょう。年寄りの私には同じようにするのは少々大変です。けれど彼が私に向けているのが好意だと分かっているので、私は拒むことが出来ません。上司にも何だかんだで諸手を振って送り出されてしまいましたし。
桜は今頃どうしているでしょうか。引っ込み思案の可愛い妹。気の弱い子ですから心配でなりません。私がいない、この短期間のうちにどうこうなる、とは思わないのですが。
あぁ、けれど私はあの手を振り払って出てきてしまいました。あの子は裏切られたように思ってはいないでしょうか。ずっと兄妹一緒に生きてきました。ここまで長い期間離れ離れになったことは、なかったように思います。耀さんのところへは2人で行っていましたから。ここ数百年は室内にばかりいましたしね。
「向こうに可愛い子でも残してきたのかい?」
「えぇ…まぁ、そんなところです」
生返事で答えると、アルフレッドさんは途方もない襲撃を受けた顔になりました。私、何か拙いことを言ったでしょうか。Nooooo!と声を上げて頭を抱えるアルフレッドさんを私は見つめます。どうしたんでしょう。
そういえば桜のことは、まだ話していませんでしたっけ。どこにでもあの子のような存在がいらっしゃるものと思っていたのですが、そういう訳ではないんでしょうか。思えば耀さんのところにもその様な気配はなかったような。私のところが特殊なんでしょうかねぇ。同じ性質の存在がすぐ側にいてくれるというのは、なかなか心強いものなのですが。
「菊っ」
どうやら衝撃から立ち直ったらしいアルフレッドさんに、がしっと肩を掴まれました。痛いです、少々ではなくかなり。出来れば力を抜くか話して頂きたいんですが。
何ですか、苦笑いで問うと、彼はやけに張り切った声で答えます。
「君は俺が幸せにしてあげるんだぞ! だからその子のことは諦めて欲しいね」
「………ぇーっと、」
私は答えに窮しました。彼はとてつもない勘違いをしています。可愛い子、そうですね、恋人とかそういう意味もありますよね。桜のことを考えていたのでついあの子のつもりで答えてしまったのですけど。もしかしなくても拙かった、ですよねぇ、これは。
でも私、男ですよアルフレッドさん。私も男、貴方も男。幸せにするとか何とかって少しずれてやしませんか。そういう嗜好の方がいらっしゃるのは知ってますけど、そういう文化面は桜の領分です。ついでに言えば私は断じてそんな嗜好は持っていません。ですから、あぁ、そんなに顔を近付けてこないで下さい! 何する気ですか貴方。
妙なことをしたら責任取ってもらいますよ?!
なんて言ったら、アルフレッドさんの思う壺な気がします。なので私は後半部分を変えることにしました。
「妙なことをしたら今すぐ切腹しますよ?!」
噂のハラキリかい!? と喜ばれたのは、ええ、完璧な誤算でしたとも。
まだ見ぬ地へ
(私は知らないことが、世界には沢山あるようなので)