悲しみ連鎖
日妹視点/日中→日露
菊兄様が、何かとよくしてくれた耀兄様と、戦いました。結果は兄様の圧勝でした。
私に戦争のことはよく分かりません。兄様も多くを語ってはくれません。だから私には菊兄様と耀兄様が戦ったということと、兄様が勝ったということしか、それに関する情報がありません。耀兄様は大丈夫なのでしょうか。国民の感情に反応して高揚した思考で、私はぼんやりと考えます。
上司はずっと耀兄様に戦いを仕掛けたかったようでした。けれど最近兄様の友達になった、えぇと──アーサーさんという方が、それを余りよく思っていなかったそうです。結局彼が態度を変えたので、菊兄様と耀兄様は戦うことになったのですが。
私はそっと注意を縁側へ滑らせます。そこには兄様とアーサーさんが並んで座っている筈です。襖で区切られたこの部屋からでは、その様子を見ることは出来ません。
「本気で戦うのか」
「仕方ありません。交渉が決裂したのですから」
二人は次の戦争の話をしていました。兄様はまた戦うのだな、と私は複雑な想いを抱きます。アーサーさんと、あの日兄様を外に連れ出したアルフレッドさんが支援をしてくれる、そんな内容が二人の間で続いていったように思います。
けれど私にその言葉は届いていませんでした。嫌な予感は当たっていたのだ、ということだけがぐるぐると頭の中を駆け巡っていたのです。アルフレッドさんに外に連れ出されたあの日から、思えば兄様は戦争に明け暮れていたように思います。敵味方が何度も変わりました。兄様は心身共に疲弊していきました。私は、どんどん衰えていきました。
やはりあの時、私は掴んだ袂を離してはならなかったのです。私がちゃんと兄様を引き止めていられたなら、こんなことにはならなかったのです。私は自分を憎みました。自分の弱さを憎みました。憎んでも憎みきれないくらい、憎みました。
「桜? どうしました?」
自己に対する憎悪に打ち震えていた私は、アーサーさんが帰ったのに気付きませんでした。だから兄様に声を掛けられた時は、心の臓が飛び出るかと思うくらいに驚きました。
いいえ、何でもないんです。
そう言いながら、私は兄様から視線を逸らしました。傷だらけの兄様をあの日の不甲斐ない私が作ったのだと思うと、見ていられなかったのです。兄様の負った傷にはまだ癒えていないものがいくつかあります。兄様は平気そうな顔をしているけれど、実はとても痛いのだということを私は知っています。だから余計に申し訳ない気持ちになりました。
「兄様……もう、止めましょう」
私は決して聞き入れられないと知りながら、もう何度目とも分からない言葉を紡ぎます。止められないということは、私にだって分かっているのです。それでも言わずにはいられませんでした。今の兄様を作ったのがあの日の私だと理解していても、言わずにはいられませんでした。
兄様は黙って首を振ります。悲しそうな顔で首を横に振ります。最早後戻りなど出来ぬのだと、昏い色の瞳が私に告げていました。私は唇を噛んで、どうしようもないこの状況を嘆くことしか出来ませんでした。
あぁ兄様を引き止められぬ、代わりに戦うことも出来ぬ、この身が憎い。
誰と居るというの
(周りには貴方を傷付ける人しかいないのに)