悲しみ連鎖
夕暮れ時の縁側で、私はお茶を啜っています。隣にはアーサーさんが、私と同じくお茶を啜っています。最初の頃は慣れない味に驚いていらっしゃいましたけど、もう馴染んできたようです。私は彼のお国の、紅茶というものにまだ余り慣れていないのですけれど。
それでも国民が外のものを当たり前に受け入れるようになって、大分経ちました。私も少しは色々なことに耐性がついてきたように思います。
桜は──あれからめっきり、元気がなくなってしまいましたが。
「支援は最大限しよう。俺と…アルの奴もその気みたいだな」
「…有難う御座います」
アーサーさんの声に、私は軽く会釈を返します。これは避けられない戦い、なのでしょうか。もう回避は不可能と分かっていても、心中で問わずにはいられません。
私の脇には刀袋に入った刀がひっそりと置いてあります。それはアーサーさんを警戒しているのではなく、急襲してくるやも知れぬ敵に備えています。
その敵とは誰であるか。そう聞かれれば答えに困ってしまうのですが。
開国してから、目まぐるしく変わる世界情勢に翻弄されてきました。僅かな意見の相違で対立し、戦争になるのです。味方が敵になることなどざらでした。そこから考えると、私はアーサーさんに対しても多少の警戒心を持っているということになるのでしょうか。
「菊、」
「はい?」
反射的に笑顔を向けると、アーサーさんは表情を曇らせました。綺麗な緑の目がどこを見ているか分かって、私の表情も陰ります。そこは傷を負ったところです。国としての私ではなく、私自身が負った傷。耀さんと斬り結んだ時のそれは、じくじくと痛んで私を苦しめます。
けれど、あの人はもっと痛いのでしょう。苦しんでいるのでしょう。
そう思えばこの程度の手傷は、何ともないのです。私を助け導いてくれた人の受けた苦痛に比べたならば。
「余り無理を、するなよ」
そっと延ばされた指は、慈しむように私の頬に添えられました。私は自分の手をそこに重ねて、淡く笑います。
無理なんてしてないですよ、アーサーさん。全然、無理なんかじゃないんです。ここ数十年でかなり国力が上がりましたから、大丈夫です。大丈夫。何も心配するようなことは、ないんです。
どれだけ傷が痛んだって、私たちはこの程度じゃ死んだりしません。貴方だって十分に分かっているでしょう、その身をもって。
「善処します」
私の言葉に、アーサーさんは暫く押し黙りました。何かを言い掛けて、それでも何も言わずに閉じられる口。
あぁ、私は狡いですね。いつだってこんな風に人の善意をはぐらかすのですから。それも、一聞ではきちんと受け入れているような口振りで。
「…また来る」
「今度は私がそちらに伺いますよ」
いつもこちらに来て頂いていては不公平ですから。
言いたいであろう言葉を飲み込んで帰途に就くアーサーさんを、私はそんな言葉で見送りました。茜空に金糸のような髪が煌めいて、とても綺麗です。私と同じ島国でありながら、私とは違う文化を持つ国であり──人。英吉利、アーサー・カークランド。
小さくなっていく背中を見送りながら、私はぼんやりと思います。アーサーさんにも刃の切っ先を向ける日がいつかくるのだろうか、と。
志を同じくする者と
(互いの利益を損なわないうちは、共に)