悲しみ連鎖
日妹視点/三国同盟
兄様に新しい友達が出来たそうです。遠い国の──欧州のルートヴィッヒさんとフェリシアーノさん、という人、だそうです。私にはその名を聞いても何処の国の人か分かりません。けれどアーサーさんとは違う国の人なのだな、ということは分かりました。
アーサーさんとは私も少しだけ面識があって、それなりに仲良くさせてもらっていました。けれど、兄様はアーサーさんと仲違いをしてしまいました。だから暫くの間は、兄様に頻繁に会いにくる人はいませんでした。それから数十年経った今、兄様には新しい友達が出来たそうです。兄様は彼らの話をする時、少しだけ心から笑います。
あの日から、兄様は変わってしまったから。心を閉ざして部屋に引き籠もっているのは私だけで、兄様には開けた世界があるから。
私はあれから、少しずつ体調を崩していきました。この国の文化が、少しずつ廃れていっているからです。着物を着ている人も大分少なくなりました。兄様も、軍服という西洋の服を着ていらっしゃいます。それはとても兄様に似合っていると思うけれど、私は複雑です。その姿を見る度に、兄様は本当に変わってしまったのだと、思い知らされるのです。
ずきりと体のそこかしこが痛みました。この痛みは培われてきた固有の文化が朽ちていく痛みです。私が朽ち果てていく痛みです。私は努めてそれを外に出しません。兄様がお忙しいのは十分に知っているので、心配をかけたくなかったのです。私にとても優しい、というところだけは、兄様は昔から変わりません。
「菊ー! って、あれー? 隊長、菊がいないであります!」
「人様の家で騒ぐな、フェリ」
玄関でそんな声がして、私はびくりと体を跳ねさせました。
兄様から伝えられていたので、私にはその二人が兄様を訪ねてきたルートヴィッヒさんとフェリシアーノさんだと知っています。兄様は、先程上司に急に呼ばれて、そちらに行ってしまいました。だから私に宜しく、と言い置いていかれたのです。兄様に頼まれて、私が否と言える訳がありませんでした。
あぁ、けれど私には彼らが恐ろしい。昔よりは幾分かましになりました。それでも、私は彼らが恐ろしいのです。
「留守のようだな」
そんな困った声が聞こえます。先触れをしてからいらっしゃったのだから、兄様の不在に困惑されるのは尤もです。ちゃんと事情を伝えて、居間に上がってもらわなくては。
そうは思うのですが、私は踏ん切りがつかずにいます。繕っていた着物を持つ手が震えていました。私は努めて冷静になろうとしました。だからとてもとても昔のことを思い出します。怖かったけれど、外の人と交流が出来ていた頃を思い出します。
少しばかり震えが止まった気がしました。気休めでも錯覚でも、今の私にはそれがとても助けになります。私はのろのろと立ち上がり、玄関に向かいました。
「あの、」
兄様は、そう続けようとしたけれど、それは敵いませんでした。
一瞬驚いた顔をした二人が私を質問責めにしたからです。誤解を解いて私が兄様の妹であることを分かってもらうまでに、数分を要しました。余りに慌ただしい質疑応答だったので、私は恐ろしいと思う暇を与えられませんでした。気付けば二人を居間に通して、お茶を出していた程です。
そんな私の様子を見て、ルートヴィッヒさんが納得したような顔をしました。フェリシアーノさんがそっくりだねぇ、と呟きました。
私は当たり障りのない話をしながら、兄様が早く帰ってくればいいと思っていました。私は所詮「菊の妹」でしかありません。滅び逝くこの国の文化でしかありません。彼らとこれからのことに関する有益な話など出来ようもないのです。
私は二人に気付かれないように、そっと溜め息を吐きました。
誰であるというの
(ただ滅んでいく、この私は一体、)