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「どうだ、美味いだろ? なんたって、海の一流コックさんがじきじきに調理してさし上げたんだからな」
焼き上がった鮭の半分ほどを骨に注意して丁寧に解し、皿に乗せてテーブルの上へと出してやると、縞猫は待ちきれないとでもいうように熱々の鮭に一目散に飛び付いてきた。煙草を咥えつつ椅子に腰掛けたサンジは、はふはふと必死で魚を貪る猫の顔をにこにことしながら覗き込む。
「鮭なんて猫にとっちゃ大好物だろ? ヘヘ、美味そうに食いやがる」
たとえ相手が野良猫であっても、自分が出した物が料理と呼べない程度の焼き魚であっても、これだけ美味しそうに食べられるとやはりコックとしては嬉しいものだ。根っからの料理人であるサンジにとっては、自分の料理を喜んで食べてもらえることこそが昔からの大好物だった。「火傷すんなよ」などと声をかけつつ、彼は縞猫の昼食を楽しげに眺める。
「……何か知んねぇけど、やっぱりあいつっぽいんだよなぁ、テメェ……」
ぽつりとそう言って、サンジは再びこの船の剣士のことを思い浮かべる。その瞬間、ぐるぐる眉毛の下の右目が思いがけず優しげに細められた。
「普段は愛想の欠片も無い奴なのに、食事時となるといっつも美味そうに俺の飯食うんだよな。ガキみたいに頬っぺたパンパンに膨らませちゃって。そのくせ『美味い』とは絶対に言いやがらないんだから、本っ当、ムカつく野郎だぜ…………」
そんなことを猫に語りかけながら、サンジは知らぬ内にぼんやりとしてしまっていたようだ。ふと我に返った時には右手の指に挟んでいた煙草の灰が今にも落ちそうになっていて、慌ててそれを灰皿へと押し付けることとなった。そして縞猫の方はというと既に魚をぺろりと平らげてしまった後で、今は綺麗に皿を舐めている段階だった。
「ほい、ごちそーさん。美味かっただろ? って、おい、そりゃ感謝の印か? それともおかわりの催促か?」
サンジがけらけらと笑う。どーんと座り込んでいた不遜な態度からは予想もできないことに、縞猫がサンジの左手に甘えるように頭を擦り寄せてきたのだ。もっとも、ガシガシと押し付けられるそれはほとんど頭突きに近いものだったのだが、これもこいつなりの愛情表現なのだろうと思うと、サンジはその不器用さを可愛いと思わずにはいられなかった。
煙草を離した右手で、猫の頭をそっと撫でてやる。見た目よりも柔らかなその触感さえあのマリモ頭に似ている気がしてきて、サンジは思わず苦笑する。
「……お前のこと、飼ってやりてぇ気もするけどな。悪いが俺たちは船乗りで、しかも海賊の一味なんだよ。なにより、世話の焼けるペットなんざあの魔獣一匹で充分だ。そうでなくてもうちには非常食のトナカイがいるし、底無し胃袋の船長だっているし……」
サンジが縞猫を撫で続けながらそんなことを呟き、もう少し鮭のおかわりをやろうか、それならご飯を混ぜてやった方が腹持ちがいいだろうか、などと思い始めていたときだった。
「ん?」
突然、縞猫の体が緊張で強張り、耳をピンと澄ませるのが分かった。その様子を怪訝に思ったとたん、サンジの耳にも何者かが船の床をギシリと軋ませる音が届いた。キッチンの外に、誰かがいるのだ。まさか海軍か、あるいはこの船を襲う海賊か。一瞬にして意識を戦闘モードに切り替えて椅子から立ち上がったサンジだったが、テーブルからさっと飛び降りる影が視界を掠めたので驚きの声を上げた。
「あっ! おい、お前どこ行くんだ!」
縞猫はタン、と床に降り立ったかと思うと、その重そうな体からは予想も出来ない程の敏捷さで開け放されたままのドアへと向かって駈け出して行き、そのままあっという間に何者かが潜むはずの外へと飛び出して行ってしまった。
そして、野良猫の身を案じる暇も突然の別れを寂しがる暇も無いままのサンジの前に、ドアの影からぬっと現れたのは。
「何だ………テメェかよクソ剣士!!! 立ち聞きとは趣味が悪ぃじゃねぇか!」
「趣味が悪いのはどっちだ。俺はあんな猫とは似ても似つかねぇぞ」
三本の刀を携えた緑髪の剣士が、むすっとした表情でそこに立っていた。