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壁のあった時の話だ。
二国で共同開発した試作機最終テストと銘打った抜け駆け飛行を持ちか
けたのはドイツだ。新技術好きは血筋かねと笑いながら同席したフラン
スはこれとよく似た朝焼けを広いファーストクラスのシートで足を組み
替えながら呟いた。そういやアイツの目って昔はこんな色してたよねと。
プロイセンの瞳は赤紫だ。紫の特性上、それは光源の強弱や映す色彩や
本人の体温血圧などに影響されやすく、時にはガラリと与える印象を変
える。しかしフランスの言い方はそんな上辺の違いを意味していないの
は自明で、つまりは過去の記憶にだけ存在する、もう消え失せた事実を
指していた。

薄々そういう事だと気付きはしたが、ドイツにとっては知りたくもない
事だ。誰よりも分かたれ難い、結びつきと呼ぶには溶け合い過ぎた繋が
りを持つ片割れに、自分で確かめることも本人に問い質して共有化する
ことも出来ない事実がある。よりにもよってドイツが余すところなく愛
する彼の全身の中で、一等気に入りのあの稀な美しい瞳について。
そんな風に改めて見せつけられると、黒く重い霧が心臓のあたりから溢
れ出すような心地にドイツはなった。幼稚な嫉妬だと自覚はあった。け
れど止められない。そんなドイツを知ってか知らずか、フランスは「青
かったんだよもう少し、な」と高度3万フィートの薄青い空を指差した。