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小林賢太郎演劇作品『ロールシャッハ』二次小説

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 大声で名前を呼びながら手を大きく振る。
「ん?……あっ!」
 彼は僕たちに気づくと、一瞬驚いてから笑顔で手を振り返してきた。
「…ガキか天森」
「ま、いーじゃないですか。せっかく久しぶりに会えたんだし?」
「いやあ、皆さん揃って来られるとは思いませんでしたよ!」
 そう言いながら富山さんはこちらへと歩いてくる。
「あれ、いいんですか?」
「え?…ああ、これは時間が空いてるからやってただけで。ステージ自体は始まってますし…といっても私の出番まで、それほど時間があるわけでもないんですが」
「てーことは…早く来て正解だったってわけか」
「この時間になったのはほとんど偶然ですけどね」
「え?」
「あ、いや、こっちの話で…それより富山さん、すごいじゃないですか!」
「そうそう!あのときはあんなに下手くそだったのに今やこんなだもんなー」
「ここに来るまで大変でしたよ…何しろ開拓隊としての勉強しかしたことがなかったですから、まず体を作るところから始めなきゃならなくて。一年でやっとこれくらいです」
「いやいやそんなこと言っておいて、実は隠し玉残してるんすよね?」 ニヤニヤしながら串田くんがそんなことを言って、対抗するかのように富山さんは不適な笑みを見せた。
「あっ!その顔どっかで見た!」
「これから見ていただく方達にそう簡単に手の内明かすわけにはいきませんよ」
「富山さん策士だ!」
「あっそうだ忘れるところでした」
 と、何かに気づいた様子で富山さんは、懐に手を入れると三枚の小さな紙切れを取り出した。
「…それ、チケットですか?」
「いつ来るかかわからなかったので、入り口で私の名前を伝えてもらえれば大丈夫なようにもしてあったんですが…」
「え、でも祭りのステージって自由席だよね?」
「それが、関係者に限っては数人だけ指定席を用意することができるんですよ」
「なにそれ初耳」
「ってなんでそんな大事なもん今渡すんだよ!手紙に同封しとけ!バカ野郎!」
「この制度を知ったのが送った後だったんですから仕方ないでしょう!こうして渡せたんだからいいじゃないですか、結果オーライってことで。まあ、私も力があるわけではないのですごくいい席とはいきませんでしたが…満足していただけると思いますよ」
 そうして渡されたチケットには、ステージの真ん中に近いと思われる席の番号が記載されていた。
「…あ。もしかして、ばらばらで来ると思ったからわざわざこうやって席用意したんじゃないっすか? 並びの席ですよねこれ」
「その意味も…少し」
 そう言って少し照れる富山さんは、立場こそ大きく変わったけど、中身はやっぱりあのときのままのようだった。
「あっそういえば富山さん!こいつ今なにしてると思います?」
「えっ!?」
「天森くんが? 何か変わったの?」
「なんかー、学校行ってるらしいんすよ!」
「勝手に言うな!」
「…就職はしてないの?」
「うっ…」
「そうっすよねー!富山さんもそう思いますよねー!」
 富山さんはいい意味で変わってないけど串田くんは悪い意味で変わってない!
「何の学校に行ってるの?」
「えっと…工学系…?」
「…いいと思いますよ?」
「えっ?」
「人には誰でも自分のペースというものがあるんです。種が一日で木にならないのと同じように…イクラがその場で鮭にならないのと同じように」
「…なんかそのフレーズ懐かしい」
 ぼそっと呟いた僕に微笑みかけながら富山さんは言葉を続ける。
「ですから、ペースは少しくらい遅くたって着実に成長しているのなら、私はそれで良いと思います」
 大人だ…富山さんすごく大人だ…!
「ちぇ、つまんねーの」
「人のことより串田くん、君の方はどうなんですか?」
「オレはちゃんとやってますよー!雑誌記者になってコーナーまでもらってんすからね!?」
「雑誌の記者、ですか…あたらしもの好きの串田くんらしいですね」
「でしょー?オレだってちゃんと鮭目指してんすからね!」
 自慢げに話す串田くんを押し退けるようにして壷井さんが顔を突き出す。
「おい、俺には聞かねーのか?」
「壷井さん、は…なんとなく想像つくのでいいです」
 その期待に輝いた顔が、富山さんの反応を聞いた瞬間、不満の表情に変わる。
「なんでだよ!」
「いや、もともと壷井さんは働いてたし、今もあの鉄工所をやっているんでしょう?」
「おう!」
「だったら、壷井さんも鮭になろうとしてるってことでしょう?いいじゃないですか。私は職業上壷井さんと絡むことはこの先ないかもしれませんが、それでも壷井鉄工所の発展を心から願っていますよ」
「おう、ありがとな!」
 富山さんが笑顔で言い、壷井さんはどうやらそれで満足したらしく、お礼を言うとうれしそうに腕を組んだ。
 …いいんだ…それで…
「それでは、私はそろそろ。終わった後は会場をでたところで待っていてください。出店にでも寄って、軽く呑みましょう」
 それにぴんときた僕は、ここぞとばかりにこう言い放つ。
「富山さん、それは、ビールですか?それとも…『発泡酒』ですか?」
「!!」
「懐かしいなー、それ」
「そうですねえ…では発泡酒で」
「君はどっちがいいんだい? …串田発・砲・手☆」
「このっ…ここぞとばかりに仕返ししやがって天森のくせに…!」
 悔しそうな串田くんを見て小さな勝利を感じた。
「まあ、そのあたりはあとで考えましょう。それでは、後ほど」
「わっかりました!ステージ、楽しみにしてます!」
 僕の言葉に笑顔で応え、手を振りながら、富山さんはステージの裏のほうへと消えていった。
「さて…どうします?」
 そう言いながら二人の方へ向き直る。
 下の方から若干の殺意を感じた気がするが、気づいていないことにした。
「ていっても、そこまで余裕あるわけじゃないだろ?」
「…そーなんすよねー」
「…はい」
「はい天森」
「もう入れますよね?」
「ステージ自体はもう始まってるからな」
「ほかに用事ってある人います?」
「鉄工所の奴と一緒ならともかく、今回はとくに」
「オレもー」
「じゃあもういいんじゃないですか?」
「賛成ー」
「俺もー。満場一致だな」
「じゃー行きますか!」
 あっさりと話はまとまり、僕たちは早速会場にはいることになった。
 会場内は人がややまばらで、始まったばかりというのを如実に表している。ステージには三人組のコント師がでていた。
 やや薄暗い客席を、席を探してうろうろしていると、不意に串田くんが声をあげた。
「お、もしかしてあそこじゃね? なんだよ結構良い席じゃんか!」
 その席は、確かに『客席の一番前』ほどの明らかな良席というわけではなかったが、適度な高さと距離感があり、舞台正面にも近くて十分すぎるほどの席だった。
「こんな席が取れるってことは富山さんって実は結構実力あるのかな…」
「いや、指定席制度自体があんまり使われてないだけじゃねーの? 初めて聞いたもん、そんな制度」
 そんなことを言い合いながら座席に向かう。
「あ、串田くん真ん中で」
「なんでだよ?」
「僕とか壷井さんが真ん中だと、そこで分断されそうでしょ?」
「お、一理あるな」
「くっ…!」