小林賢太郎演劇作品『ロールシャッハ』二次小説
実際は僕が壷井さんと並んで座るのが怖いだけだけど。テンションあがったら肩とかすごい叩かれそうだし。
そうして座席に着くと、誰からともなく当たり前のように全員が舞台に集中し始めた。
しかし僕は内心ではあることを考えてそわそわしていたし、それはほかの二人も同じだったのだと思う。
再び笑い声以外の声があがったのは、舞台上でマジシャンがモップを浮かせている時だった。
「そういや…ちょっと真剣な話していいか」
「いいっすよ?」
「なんですか改まって」
舞台から壷井さんの方へ視線を移す。その顔は少しだけ怖く、また厳しく、あの日に見た、開拓隊員を問いただしていたときの顔とよく似ていると思った。
「…あれってあの後どうなったんだろうな」
「あれって?」
「だからあれだよ…壁際作戦」
「あぁ…」
それについては僕も気になっていた。さっきまでのそわそわも、この話をいつ切り出そうかということだったくらいだ。
あの日以降しばらくは、今にも開拓隊が僕を捕まえに来るんじゃないかと不安で不安で夜も眠れなかった。
あのときほど自分の気の小ささを恨んだことはない。
だがそのうち、テレビでも新聞でもあの件がまったく取り上げられていないこと、開拓隊の真実について気づく者が僕の周りには存在しないことだけはわかり、どうやらあのままなにも起きなかったのだろうということは理解して、だからこのまま、ゆっくりと忘れさっていくのだろうと思っていたのだ。
そんな中で富山さんからの誘いが来たときにはなんというか…少し、期待した。あのときについての話ができるのかもしれないと思って。
だがもちろん、今に至ってもその話を切り出すだけの勇気はなく…壷井さんがその話題を出してくれて、嬉しいような安心したような変な感覚を覚えたのだ。
いうなれば、そう…気になっていたのは僕だけじゃなかったんだ、と。
「ほとんどが未確認情報なんで、話半分に聞いてもらえますか」
そう切り出したのは串田くんだった。
「オレ、一応職業が職業なんで、結構そういうの調べやすいんですよ。…あ、別にそれが目的でこの職業についたんじゃ」
「んなことわざわざ言わなくてもわかってるよ」
「…ですよね。で、やっぱりオレも気になったんでいろいろ探ってみたんです」
串田くんが調べた限りでは、開拓隊の内部にあの報告を疑うような動きは全くといっていいほど見られなかったらしい。
「こっちが驚くほどに信じきってるんです。まあ、きっと今までもそうだったんでしょう。オレらが思ってるのなんかよりよっぽどずさんな組織だったみたいで」
「あ、改めて聞くとショックだ…」
「みさい…じゃなくてパイオニア号の方がどうなったかは二人とも知ってるとは思いますけど」
「確かエラーが見つかったとかで発射が直前で取りやめになって…一週間後くらいに打ち上げをやり直したんだっけ」
「公式的にはね。実際には、あそこまで盛り上げといて打ち上げないってわけにもいかなかったみたいで、本来乗せる予定だった爆薬とかをはずして、壁とは別の方角へ向けて打ち上げたって話」
「開拓隊も結局は俺達と似たようなことしてんだな」
若干呆れたような口調で壷井さんがつぶやく。
「で、あれ以来壁際作戦は封印。何らかの方法で向こう側を“開拓”しようとは考えているようだけど、手が思いつかないってのが現状らしい」
「じゃあ、戦争とかってやつは回避されてると考えていいんだな」
「と、思いますよ」
串田くんの言葉に、大げさに胸をなで下ろす。
「なんだよ天森、そんなに不安だったのか?」
「僕は当時満足に眠れなくて、食まで細くなって母さんに心配されるほど不安だったんですよ!?」
「ったく気が小せえなあ天森は!っつーかまだ母親と一緒に住んでんのかよ!?」
「はっ!ばれた!」
「あ、もう一個だけ未確認情報があるんですけど」
「ん、なんだ?」
「これはあの件と直接は関係がないうえ、ただの噂レベルの話なんですけど」
串田くんの口調から、内容とは違う真剣さを感じて思わず彼の顔を見る。
一点を見つめて話すその顔は、あの二日間では見ることのなかった表情だと思った。
「実は、すでに向こう側の世界の人間がこっちに来てるって噂があるんです」
「えっ?」
「あのときにも言われてましたけど、向こうの世界にはオレらとそっくりな別のオレらがいるらしいじゃないですか。だから、もし入れ替わってても簡単には気づけないらしいんです」
「それって…」
「噂ですよ噂。どっからでてるかもわかんないような噂。なんで、嘘とか…誰かの妄言とかだと思うんですけど」
科学顧問の見解って奴を知ってる人の方が珍しいしね、彼はそう付け加えた。
「でもオレ思うんですよねー。もしこっち側に来てるのがいたとして、そいつはきっと侵略なんかこれっぽっちも考えちゃいないだろうなって」
「なんでそう思うの?」
「だって…面白いじゃん。オレだったら面白いと思うよ。あの壁の向こうには、オレと同じ顔をした奴がいるかもしれないんだろ?でもってオレと同じように生活してる。性格もきっとオレそっくり。そんなこと知ったら、ただ単純に『見てみたいなー』って思うよ、オレなら」
「俺は…どうだろうなあ。でも自分と戦うなんて考えただけでもぞっとするしな…」
「僕は串田くんの言うことわかるよ」
だって、僕はずっとパラレルワールドにあこがれてきたわけで、もしあの壁を越えることができるんだとすれば、僕なら喜んで行くと思う。
もう一人の僕はどんな性格をしているのか。僕と同じようにパーセントマンが好きなのか。それとももしかしたら僕と正反対で気が大きいのかもしれない。も、もしかしたらパーセントマンになってるのかも!
そう考えるだけでわくわくするのに、その手段まで用意されてるとしたら止められるわけがない。
「なーにニヤニヤしてんだよ!」
声とともに大げさに肩を叩かれて僕ははっと我に返った。
「へっ!?痛いっ!」
「大方、パラレルワールドの想像でもしてたんでしょー? このマンガオタク!」
「うっ!」
「ま、でもどっちにしろ噂は噂だからさ。この目で向こう側の人間見たわけでもないし。残念ながら天森の夢は達成されません」
「そ、そんなことわかってるよ!」
慌てて否定しながら、僕の頬はたぶん赤いんだろうと思った。ちょっとだけ期待したのは事実。
「あ、なんか結構時間つぶれたみたいですね」
「お? ほんとだ。そろそろ富山さんの番か」
「じゃー天森からかうのはこの辺で終わりにして。舞台に集中しましょうか」
富山さんの出番は、新人にしては遅かったようだった。
内容はボールのジャグリングに始まり、ボーリングのピンでジャグリングしてみたり火のついたたいまつ(!)でジャグリングしたり、しまいには玉乗りをしたままのジャグリングまで披露していた。
とてもじゃないけど一年で仕上がったとは思えない。あの日のお手玉はわざと下手にしてたんじゃないかと思うほど。
終わったときには思わず立ち上がって拍手をしていて、串田くんが笑っていたら僕よりもすごい勢いで拍手しながら壷井さんが立ち上がって、それに引きずられて串田くんまで立ち上がらされていたりした。
作品名:小林賢太郎演劇作品『ロールシャッハ』二次小説 作家名:泡沫 煙