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暗がりに這う

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 武田軍と盟約を結び、ひと月程が経過した頃。
 大谷は己の居室で、次に打つべき手を幾つか頭の中で並べたてては棄てるを繰り返していた。武田が西軍の門を自ら叩いたのは好都合と言えたが、それで東軍の勢いを削げるかと言えば、まだ足りない。あの男の聞こえの良い扇動は、人も物資も巧みに東へ集めている。全く厄介なものよなと歪んだ笑みを浮かべた大谷は、その表情のまま唐突に声を発した。
「暗殺でも目論むか、影よ」
 途端、大谷以外には誰も存在しない室内の一箇所で影が一気に膨張したかと思うと、唐突に弾けた。闇が霧散したその場には人型をした影が残り、へらりと緩い笑みを浮かべて「どうもぉ」と言った。
 大谷の斜め後ろに陣取った影に対し、大谷は視線を向けずに言い放った。
「新参の身でずいぶんと不審な動きを見せるものよ」
「あらあ、お怒りで?ちょーっと誰にも見られたくなかったもんでね」
 驚かせたならごめんなさいよと嘯く男は、忍でありながらその立場を遥かに超えた権限を持つ、武田の総大将の影であった。
「ぬしの不審は武田の不審となること、わからぬでもあるまいな」
「そぉですね。じゃあちゃちゃっと用件だけ済ましたら帰りますんでー」
 並みの者であれば震えあがるような大谷の陰鬱な声にも、全く堪えない様子で陽気に語尾を伸ばして告げた忍は、確かに単刀直入に話を始めた。
「あんたら、――あんた、かな。四国に何仕掛けたの?」
 ――大谷は、初めて影に眼を向けた。
 視線の先で、武田の忍は不穏な話に不釣り合いな飄々とした顔を保っている。
「西海の鬼って、確か徳川家康とは故あって懇意にしてたはずなんだけどねえ」
 影は再びさらりと告げた。
「あの葵紋の大将さんも、お館様に感銘を受けたってんでうちの大将を刺激してくれちゃったくらいだしさ。……いくら天下が欲しくても、さァて、仮にも親しい相手に本当にそんな不意打ちを選ぶお人かね?」
 平時から緩い笑みばかりを浮かべ、戦以外では、いや戦場ですら時に呑気な態度を見せ付ける忍であった。だが、今、その眼だけは笑みを捨てて大谷を見据えている。  
 鎌をかけている様子でもない。何を、と問いかけながらもすでにその答えを知っていると思わせる、含んだ笑みが視界に入る。確かな証拠は残していないとはいえ、少なくとも推測を組み立てるには必要とされる情報は手にしている様子に、忍の動きは見過ごしていたかと内心で舌打ちをする。武田の忍がかの地を漁った可能性は、高い。
 だが大谷はふ、と口の端だけで哂いを零した。
 これはとんだ伏兵がいたものだ。当人ですら気付かない、仇のすり替えという単純であるからこそ狡猾な罠に、こんな離れた立ち位置で気付く者があろうとは。さすがに偵察と諜報を専任される忍であるとも評価できよう。
 サテ、消すか。
 大谷は虫を指で押し潰すように簡単に、そう考えた。だが、その殺意を秘めて見返した先で、忍が醒めた眼のまま浮かべている笑みをもう一度眼にしてふと眉を顰める。
 こちらの腹の底を探りだしておきながら、その眼には敵意がない。本当にないものかはわからぬが、少なくとも今は深く沈めている様子であった。考えてみれば、影ひとりが大谷の元へ密かに訪れ、真正面から策略を問うという状況は解せない。
 その目的が罠を暴き、網の魚を放つものであるならば、このような危険は冒すまい。
「……ほう。そうか。ぬしの立場で他言はせぬな」
 ふと納得したような大谷の言葉に、忍は顔の表面だけで笑ったまま頷いた。
「まあ、大将があんたらを選んでるからねえ。徳川家康が乗り越えるべき障壁だって言うなら、俺様は従いますよ。だったらこの軍には強くいてもらわなきゃ困っちゃうしね」
「今長曾我部を逃がしては、西軍は不利になろうなァ」
「まぁそういうこと」
 影は含むような声で軽く答えた。
 軽く、大谷ともう一人が仕組んだ罠を見て見ぬふりをすると請け負った忍に、大谷もまた笑みを浮かべる。
「消されるとは思わなんだか?」
 そう問いながら腕を振れば、何処からともなく現れた数珠が宙を旋回する。それを興味がなさそうに見つめた忍は肩を竦めて溜息をつき、
「俺様がいなくなったら全部ばらす手筈になってます、――なぁんて陳腐な台詞を真面目に言う羽目にならなくてよかったわあ」
 あんたみたいな人が相手だと俺様も楽で仕方ないよ。と言いながら、器用にもその眼が含む嫌悪だけは隠そうとしない忍に、大谷は喉を鳴らした。
「そのような仕掛けはするまい。……耳が増えれば口も増える、その危険をわからぬとも思えぬ。法螺を吹きながら毒針を刺す、そののらりくらりとした擬態もなかなかよ」
 大谷は感心したような声音をあえて作り、低く告げた。
「なるほど、ぬしもまた闇に這う生き物に相応しい」
 忍はそれを聞くと眉根を寄せて唇を尖らせ、「あんたと一緒ってのはちょっとご遠慮したいんだけど」と不満げに言った。大谷は再び声にはならぬ笑みを浮かべる。
 つまりはこの忍の目的は糾弾ではない。ただ大谷に対して、自分の眼の確かさを通告しておくべきだと判断した末の行動といえるだろう。他軍に手を出し黒い懐柔を仕掛ける分には見ないでおくが、それを武田に仕掛ければ必ず己が気付くのだと牽制しているのだ。
「健気なものよ。さすがに名のある軍の二番手ともなれば、草の者すら知恵を絞らずにはいられぬか」
 その口調には、忍風情が二番手で必死に動き回らねばならぬのかという、揶揄と嘲弄が混じっていた。佐助は緩い笑みを張り付けたまま返した。
「走ることもできやしない病人が、わざわざ輿を担ぎ出してまで戦場にいる時代だからねえ。草だってそれなりにお仕事はしますよ?」
 大谷の身体的な不利を真正面から口にする者は少ない。大谷自身の恐ろしさ、忌まわしさと、それを知られた際の凶王の怒りを恐れるあまりに皆が眼を背け、口を縫いつける。
 久々に耳にした不具への皮肉に、大谷は仄暗い眼を影に向けたが、数珠を向けることまではしなかった。

作品名:暗がりに這う 作家名:karo