「 次回、 開演予定― 未定にて 」
自分にいらつきながら次の一本をくわえた男は、とたんに動きを止めてまた、窓の外を眺めた。
つられてエドもそこを見る。
にゃああ
左右の眼の色が異なる白い猫が、抱え上げられ、鎧の顔と並んでいた。
「――あの猫がいるから、この店にしてくれたんだろ?」
「・・・珍しいって、いうからよ・・・。それに、短命だって」
「少尉、わかってるからさ」
「・・・・・」
組んでいた腕を解き、頭の後ろへやった子どもが、いたずらっぽい笑いを浮かべた。
「もうわりと、長い付き合いじゃん?おれたち、信用できる人間の区別ぐらい、つけてるつもりだし、なんつうか・・・こんな、おれたちみたいなガキじゃないと、役に立てない場面って、あるんだと、思うし・・・」
口をとがらせたようにしゃべる顔は、先ほど我に返ったハボックよりも赤かった。
煙草をくわえなおした男は、窓の外へ手を振ってから、赤い顔の子どもの顔へ腕を伸ばした。ぎゅう、と鼻をつまみあげる。
「―こんなふうに、大人のオモチャとして癒してくれる、とかな」
「っいやすかあ!!」
「出会えたことに、感謝」
ぱっと、鼻が離された。
「・・・・・・・」
「おれ、軍に入って、この司令部に来て、そんで、今の仲間に出会えて、すげえラッキーだと思ってる。もちろん、大将たち兄弟も、そこにはいってるし、この先、どこに行ってなにがあっても、この気持ちに変わりねえと思う」
「・・・そ、そりゃ、おれたちだって・・・」
ぽんぽんと子どもの頭を叩いた男は身をもどし、口のものに火をつけた。
「大将たちを思い浮かべたのって、今のを口にしたかったからかもなあ。こんなこと、普通なら絶対に言おうと思わねえし、なんだか今のおれって、感傷的すぎるって自分でもわかってるけど・・・笑い飛ばせねえっつうか・・・」
垂れ眼な男は、思いのほか、顔の造作はいい。
「――ありがとな」
「っ・・・・」
「たしかに、おまえらじゃないと、こんなの、みせらんねえわ」
見合った顔が、一瞬で熱くなった。そんな愁いを含む優しげなまなざしは、狙った女の子にでもつかえばいいじゃないか、と思うも、何故かいつものように口に出ない。
ふう、と煙を吐いた男がそんな様子に気付き、慌てて手のものを灰皿で消し謝った。
「どした?煙、吸い込んじまったか?」
「ち、ちがうちがう!」
「大将、顔が赤いぜ?息止めてたか?」
「息を止めていたのではなく、なにかの拍子で詰まったようだな」
「何の拍子だよ!・・・って、なんで、あんたがここに?」
テーブルの側には、微笑を浮かべた上司が、二人を見下ろしていた。
猫を抱えた弟も戻り、四人で囲んだテーブルの上、現れた男の手土産がばさりと置かれる。
「例の、空き地についてだ」
空き地?と兄弟が首を傾げ、許可の下りた部下は口から煙を出しながら、その紙束を手に取った。
「北から帰るとき、でかい変なテントが建つ空き地があったんだ。おれたちが見つけた二日前からいきなりそこに現れたらしい。大佐に言われて見に行ったんだけど、中は空。持ち主もわかんねえし、害はないけど、そのぶん、変な事につかわれたら面倒だから、ちゃんと、きれいに片付けてきてやったんだけどな」
「次の日には、同じ場所に同じものがある」
上司が面倒そうに続けたそれに、片付けたはずの男が身を乗り出した。
「おっかしいだろ?テントっていったって、普通の家が一軒軽く納まる大きさだぜ?真ん中に、ぶっとい軸になる柱があって、放射状に細い柱があって、中は円形だ。見たこともねえような柄の小さい旗が連なって飾ってあって、地面はむきだし。で、持ち主が誰かわかんねえから、ちゃんと片付けてやったら、これが、すっげえ手間。布製のテントの帆を取り外して柱を抜いて倒して、なんてやったら、丸一日かかっちまった」
「じゃあ、組み立てるのも、同じくらい大変てことですよねえ?」
アルのそれに、少尉は顔を激しく縦にふり、なのに、と眉をしかめた。
「二日後にそっちの道を通った中尉が、同じテントを目撃。――中尉じゃなかったら、信用しなかったぜ」倒した柱と帆は没収してあるのだ。あんな特注サイズ、そうそうあるものではないし、問い合わせたいくつかの製造所は、そんな大きさは、つくったことはないといった。
「あったんですか?」
「ああ。ちゃんと、建ってやがった」
まったく同じ材料で同じ様式で、同じ大きさのものが、同じ、場所に。
なので、また、取り壊した。
ばらしたものを、運ぶのにも手間と時間と金がかかると判断した上の男が、「燃やせ」と命令。
「・・・それって・・・」
「見せしめの意味も込めたつもりだったのだがな」
命じた男は平然とのたまう。
「で、燃やすって言っても、結局燃やした後の片付けもあるから、おれも腹が立っててさあ」
次の朝、ブレダと一緒に、そこへ車を飛ばしたのだ。
「――あった」
「うっそ・・・」
アルが力を込めたのか、抱いた猫がにゃあともがいて床へ飛び降りる。
「おれたちだって、専用のでかい車を持ち込んで解体するんだぜ?前日に燃やした炭は一面にあるのに、そこにその種の車両のタイヤ跡が、まるでない。近辺の出張所からの、不審車両や工事を見たっていう報告もない。そんなのあるかあ?それじゃあ魔法―」「―か、錬金術だ」
いきなり後をひきとった上司を、ハボックは意外そうに見る。
その可能性は無い、と、自分の報告にこの男は断言したはずだ。
そこでようやく、この会話にまったく入ってこなかった、人物を思い出す。
顔をむければ、腕を組み、いつもの少しきつい視線を、上司の男に返しているところだった。
なるほど。さっきのは、会話に入らぬこの少年を引き入れるために、わざと発したものらしい。
「――あんただって、違うってわかってんだろ?炭が下に残ったままなんて、再構築じゃねえし」
「だが、手際が良すぎる」
「だからって・・・」
「では、魔法だとでも?」
挑発するようなそれは、この男が得意とする展開の仕方だ。
ところが、気が短いことで知られる相手が、それにのってこない。
「ほお。これはまた。――鋼の殿は、意外と現実離れしたものがみられるようだ」
「どういう意味で言ってんだよ・・・現実離れした現実なんかしょっちゅうみてるけどな」
「は。それは、なにか?軍人であるわたしに対して言ってるのかな?」
「はい、そこまでえ〜」
アルの掛け声に、ハボックも手にした紙束を二人の間に差しいれた。
「たしかに、おれも、魔法としか考えられねえよ。これにもあるけど、きりがねえ。もう、6回も壊してんのに、次の日には必ず元通りだ。しかも、うちの人間を見張りに立たせても何の役にも立ってねえしな」
「え?見張りまで?」
アルの高い声に、黒髪の男が目元を押さえた。
「こうなると、こちらの威信にかかわってくるからな」
「まあ、確かに完全にばかにされてるような状況っすから。おれたちだって頭にはきてますけど、いちばんこだわってるのは大佐じゃないですか。絶対に元に戻させるな、って」
「考えてもみろ。こんなイタチごっこが市民の噂になれば、いい笑いものだ」
作品名:「 次回、 開演予定― 未定にて 」 作家名:シチ