「 次回、 開演予定― 未定にて 」
・・・要は、自分の負けを認めたくないのだろうと思うが、あえて誰も口にしない。
「・・えっと、その見張りの人たち、何か見てないんですか?」
アルの当然な質問に、軍人二人は顔を合わせ、煙を吐くほうが苦く笑いながら教えた。「それがな・・見張りに立たせたやつらは、揃って眠っちまうんだ」
「え?」
ハボックが煙草をもみ消し、実はおれも、と肩をあげる。
前の奴らがダメだったと聞いた男は、なにしてやがんだ、まったく、今夜絶対に現場をおさえてやる、なんて意気込んで交代したその夜。
「なんつうか・・こう、すうーっと眠りに襲われて」
まさしく、襲われた感じだった。
なにしろ、腕の時計を合わせて空き地に止めた車の中、前回の奴らが眠ってしまったという午前2時になるその文字盤を、他の三人と大声でカウントしていたら、声も出ないほどの眠気にいきなりおそわれ、気を失うように眠ってしまっていたのだ。
「眼が覚めたのは、5分後。慌てて時計を確認しながら外に出たら、既にあった」
車の中からもそれは十分見えたのだけれど、どうしても中に入って確認までせずにはいられなかった。
あいかわらず、中は空。上に、旗が飾られているだけ。
「5分?ひええ。それって、人間業、超えてますよねえ・・・」
「そ。だからおれはもう、こりゃ魔法だって認めることにした」
「開き直ってどうする?ちゃんとそれに眼を通したのか?あそこはやはり、前の缶詰工場の、あの持ち主のままだ。工場は確かに閉鎖申請されているが、そのあとの解体工事許可など出ていない。請け負った業者もみつからない。なのに、工場はいつの間にかあとかたもない。しかも、工場長だった男も持ち主一家も、事情を聞こうにも行方不明。周りの人間も、あいつらがどこに隠れたのかまったく心当たりがないというありさまだ」
「あの〜・・質問なんですが・・」
アルが、そっと、大きな手をあげる。
「結局、そのテントってどこが問題なんですか?ひとの敷地に勝手に建っちゃうってこと?でも、敷地の持ち主って人は今行方不明で、別に困っていないわけですよねえ?」
「あ。いー質問。たしかに、ちょっと普通じゃねえ事なんだけど、そのテントが建つほうには、いまんとこ大きい問題はねえんだわ。本当は、その行方不明の男のほうを、どうにか捜さないとまずいんじゃねえかなあ・・・って、おれも思ってる」
意見の合った鎧と金髪が、揃って黒髪をむいた。
受けた男は、非常に嫌そうに眉をゆがめ、眼を細めてから言い返そうと口を開いたとき、むっつりと黙り込んで腕を組んでいた金眼が、先に言う。
「・・・行方不明のその人たちって、きっとその、テントの持ち主のとこにいると思う」
「―――はがねの?・・それは、勘か?」
先ほどのとがった感じではなく聞き返され、エドは一瞬とまどう。
「か、勘じゃ、ねえけど・・・それって、おれ、知ってるかも・・」
「・・・にいさん?」なにを?ぼくそんな話しらないよねえ?聞いてないよね?なんて空気をかもしだした弟に、兄は慌てた。
「ま、まて!アル!違う!おれじゃねえ!」
「――わたしでも、ないぞ・・・」
なぜか、向かいの男の襟首をつかんで代わりに差し出す兄の言い訳を、弟は聞くことにした。
さっきまでの、ハボックを見ていて、思い出したことがあるのだ。
「なーんか、おっかしいもんでさあ。少尉が思い出話してたら、おれも、変に懐かしいこととか、忘れてたこと、思いだしちゃってさあ」
「・・・大将・・」
「あ、えっと、なんつうの?もっと前、ほんっと小さい頃の、おぼろげな記憶っつうか、景色とか ――」断片的な、思い出。
それの中に、テントが出てくる、昔ばなしがあるのだ。
「だーれに、聞いたんだっけ?」
首をひねるも、出てこない。
「で?どんな話なわけ?」ぼくは覚えていないと弟は言い切った。
「テントの中は、迷路なんだよ」
エドの言葉に、ハボックはロイと一瞬眼を交わす。
「なんだっけ?・・・とにかく、そう。――『オレンジ色の旗あげた テントの中は大迷路 出てこられたらお幸せ 来られなかったら不幸せ 』って・・・あれ?これ、なんで覚えてんだろ・・」
「にいさん・・なに?それ・・」
「だから、こうやって呼び込む男がいるんだよ。変な格好して。・・・ものすっごく、誰かに怨まれるようなことをすると、そのテントが現れて、怨まれた人間を呼び込むんだってさ。で、その迷路の中を怨む人間に追いかけられながら、さまよわなきゃならない。食べ物も水もないから、そのうちそこで、死ななきゃならない」
「・・・誰に聞いたの?」
「わっかんねえ・・・どっかの、ばあちゃんだったかなあ・・・じいさん?とにかく年寄り。すっげえおっかなくって、泣いて帰ったのは覚えてんだよなあ・・・・あ、うん、アルは一緒じゃなかったな」
「他にはなにか、聞いたかね?」
こんな話を、信じているのかわからない男が尋ねてきた。
「覚えてねえよ。あ・・」
「どうした?」
口元を結んだエドは、男をにらむようにみあげ、あんたは信じないだろうけど、と続けた。
「・・・そのテント・・必ず、18日きっかりで、呼び込まれた人間は、干からびて出てこれるように、なってんだってさ」
明日で、18日だ。
なので、こうして前の日の夜にやってきていた。
「大佐。大将、出る前に何か言ってました?」
「そりゃもちろん。珍しくも子どもらしく首をかしげてから、実際にミイラが出てこなくて良かったとひとり納得して頷き、『たまたま知ってたおとぎ話を教えただけだからな、違ったんなら、さっさと行方不明者をちゃんと見つけてやれよ、テントなんかそのうち破れて朽ちるんだから、気にしすぎだろ』、などと、こちらへ指をつきつけて、立っていったさ」
「・・・さいですか・・・。おれたちがテントを見つけた日にちを、ずらして教えてたのは、このためだったんですね」
「このわたしが、日付を覚えられないとでも思ってるのか?」
「確かに、大将なら最後を見に来てたでしょうしねえ」
「軽く流したな。まあ、いい。――珍しくこちらの報告書に手もつけないのに、中が迷路だなどと断言されて、さすがに、わたしも肌があわ立ったな」
テントの中はたしかに空だった。その何もない空間の地面、びっしりと細かく入り組んだ模様のような線が引かれており、それが迷路だと気付いたのは、ブレダだ。
しかも、出口がないことも ――。
月夜の中でも、派手な色目のテントは目立った。
「おまえはここで」
「大佐。なにか、隠してませんか?」
「・・・・・・」
ときどき、この男をおもしろい、と思う。自分とはまったく違う種類の人間だが、明らかに、どこまでも軍人だ。
「――よかろう。中尉に行き先は告げてきたが、わたしたちは今、勤務時間外だ。おまえも、わたしも、ただの興味本位でここにいる」
「ええ。その通り」
「なら、おもしろいものをみせてやる。その代わり、しっかり払うことになるぞ」
「まだ余裕はあります」
懐を叩く様子を笑った相手がテントの出入り口の幕をもちあげ、合図するように振り向いた。二人で、闇の中へとはいりこむ。
作品名:「 次回、 開演予定― 未定にて 」 作家名:シチ