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「 次回、 開演予定― 未定にて 」

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 布を通して月明かりが入るかと思った中は、全くの黒だった。
 眼が、慣れる、などの問題ではないことをさとった少尉が、懐へ手をつっこめば、どうやらこれでも眼が利くらしい男に、それをつかまれた。
 マテ、とつぶやくように命じられたとき、金属性のものを打ち合わせる、耳障りで大きな音が鳴り響いた。

        ジャジャジャワアーーーーーーーーーーーン
 
「   オレンジ色の旗あげた テントの中は大迷路
             出てこられたらお幸せ 来られなかったら不幸せ  」
             
             ジャワワアアーーン

                   打ち鳴らされた音がこもって響く。
 
  「 はてさて今日のお客様、かの大迷路にて、揃って迷うの、ご志願で? 」

                   その声は、真っ暗な上から降ってくる。

「――いや。迷うつもりはないが。ある男をさがしている」

    「 さがす!?さがす?ここで!?それはそれは、ご酔狂な! 」
 
          ジャジャジャワアアアアーーーン
 
 またしても、それが響いたとき、ぱっと上に明かりがついた。
 まるで、そこだけを狙って照らすように、光がさすが、たどった先には光を放つ器具など見えない。

       「  さがしているのは、わたくしで? 」

 その光の輪の中に、テントと同じように派手な色合いの、ひらひらした服を着た声の主が現れる。声から予想した通りの、中年の男のようだが、太ったその体をもてあますこともなく、柱どうしをつなぐ細い綱を軽々と渡ってきた。
 大きな顔は、真っ白に塗られ、まとった衣装と同じオレンジ色と黒い線で、眼の上と口の周りを、奇妙にふちどっている。
 
「違うな。同じようなおっさんだけど、あんたより背が高い。口の周りは髭で覆われていて、だみ声で有名だった。あと、もう一人は、あんたより背が低いだろ。かなり太っていて、こちらは口の上に針金みたいに細長い髭。鼻眼鏡をかけていて、頭はハゲてる。そいつの家族四人も一緒に消えてるんだ。――知らねえかなあ?」

 光を見上げ、ハボックは叫んだ。
 いきなりのこの状況で、いつものようにとぼけた様子を見せる部下が、頼もしく思えた上司は、ある、決断をした。

「――わたしがさがしている男とは、この男がさがす人物とは違うのだよ」
「・・はあ?なに言って」
 一歩前に出た上司は、ひどく挑戦的な顔を上にむけていた。
「肌の色は人形のように白い。ふちどる睫毛はしっとりとながく、大きくはっきりとした眼をしているが、視線は、恐ろしいほどに冷たい。髪は、ばらついたながめの黒髪だが、髪と同じ色の、おもしろい型の帽子を被っている。首元に、肌と同じような、白いスカーフをアスコット巻きにしているんだ。闇よりも濃い、黒いスーツをまとっている」
 ・・・いったい・・・「・・・誰っすか?・・それ?・・・」
「年齢は、不詳。だが、見た目は二十歳代の若い容姿だ。同じ名前の違う自分が何人かいると聞いた。――わたしがさがす、その男は、ヘヴィースモーカーでね。細身の、シガー好きなはずだ」
「あの〜・・・たい」
心配になった部下が呼びかけたとき、光の中の男がいきなり笑い出した。ひきつり、甲高い、耳障りな笑い方。

 「ひいいっひ  ひひひっひいいっひい  そ、そりゃ  ひいっひいいひひひ 」
細い綱の上で太いからだがぐらぐら揺れる。揺れるたび、その体が空気を入れられるように、膨らんでいった。
 
  ひひっひい いひいひいひひ  ひひい ひっひ そ、 ひひっひ
          ひっひ そりゃ、ひっひい いひっひ
    ひっひ そりゃ、 ひっひっひひょ、ひっ、ひょっとして ひひっひ

   見る間に風船のように体が膨らんだ男の顔はすでに下から見えない。
 止まらない膨張に嫌な予感がしたハボックは、上司の袖を引いたが、見上げたままの男は動こうとしない。
「大佐!」
「――言っただろ?『おもしろいものをみせてやる』と」
 いや、これって、どう考えても面白くない展開ですから、と返す間もなく ――、

      「  ひょっとして  これを  おさがしで?  」

            ぱあああああああああん!
 
「・・やっちまったか・・」腕で顔を覆うようにして、惨状を覚悟したハボックの顔に、さらりと何かが触れ落ちた。
 しっかりと眼を開ければ、きらきらと光る紙ふぶきが舞い落ちている。

         「――余興は、気に入ってもらえたかい?」
 
 先ほどとは異なる、若い男の声がして、慌てて上を見た。
 中年の男が立っていた綱の上に、すらりとした黒い影。
 なるほど。大きめな帽子を被り、背後の黒を抜き取ったようなスーツをまとい、しゃれたスカーフの巻き方をした、上品な美男子だ。現れ方はともかくとして ――。
「―あの男、さっきのおっさんが割れた中身ですか?」
「そう考えてもいいだろう。なにしろ人間から程遠いと思え」
 ライトに照らされた男は、ひどく中性的な顔立ちで、白い顔に大きく印象的な眼が、笑いをたたえて見下ろしてくる。
「――まさか、と思ったが・・」
 ざり、と上司が足元を開く音を聞いた。
「あんた、――あのときのボウヤかい?ぼくのこと、よく、覚えていたね」
 両手をポケットにいれ、マスタングよりも若く見える男の声は、闇によく響く。
「――夢にしておくには、あまりに衝撃的な体験だったからな。おかげで、しばらくうなされたよ」
 相手は顎をあげるようにわらった。
「夢にしておけばいいものを。――で?自らここに入ったわけは?あのときぼくは教えたはずだ。このテントに入ったら、自分の力では出られないと」
 目元が見る間につりあがる。
 ハボックは上司の顔を見つめた。
 この人、このテントを知っていた?
「おや、お友達が驚いているじゃないか。このテントを見つけたときには、なにもかもわかっていたくせに、悪い予感が当たったなんて言い訳はよしたほうがいい。だめだよ。知らない人を道連れにしたら。――しかし、また君に出会うとはね。――この世界とは、よくつながるなあ。どうやらここには、なにかあるようだ」
「また、呼ばれて来た、とでも、言うのか?」
 いらついた男のそれに、綱の上に立つ男は腰を折り、こちらへ笑いかけてみせた。
「呼ばれなきゃ、来ないさ。誰に呼ばれたか、教えてやろう」
   パチン  男が指を鳴らした。

 赤ん坊の泣き声の渦に巻き込まれる。
   一人や二人の泣き声ではない。  そこへさらに、女たちの泣き声と悲鳴。 
          ないてすがる女達と、それらを蹴ってどかす男たち。
       病院と思えない汚さ。
  ぎゅうぎゅうに押し込まれた女達がどこまでも続く部屋にいる。
          同じような場所で、医師にも見放された患者たち。
  ベッドにも眠れない。             床に放り出されたままで。
     ぐにゃり ぐにゃり ぎゅう ぎゅう どこへもゆきばがない。