「 次回、 開演予定― 未定にて 」
「 だから わたしが 引き取ってやってるのさ 」
いきなり、魚眼レンズでのぞいたような、歪んだ男の顔。
鼻眼鏡をおしあげ、細い髭を指先でねじっている。
「 これはねえ 社会貢献だよ きみ 」
にいいい、と、男が歪んで笑った。
「――きみたち、よく知ってるだろ?これが『原料』さ」
男の声が再度響いたとき、ハボックは悪酔いしたように、立っていられなかった。
「こんなところまで、出張サービスに出るなんて、性分じゃないんだが、どうにも、彼らの恨み声があまりにもうるさくてね」
「いま、あの男たちはどこにいる?」
「なんだい?ボウヤ、まさか、あいつらを助けようとでも?」
綱の上に立つ男は、すとん、とそこへ腰をおとした。
「家族は関係ないだろう」
「――甘いね。男をたきつけて金を稼げと命じたのは家族だ。なのに、家族は関係ない、と?」
白い手が懐から箱を出し、細身のそれを一本抜き取ると、くわえて今度はマッチ箱を取り出す。優雅な手つきを、にらむように見据えた男が言う。
「こちらの世界のやり方で、罰すればいい」
しゅ ぼっ
火をこする音が、闇全体に響いた。
「―そんなこと、少しも思ってないくせに。どうやら、きみ――軍人になじんできているようだね」
上からの明かりをうけて、見上げる上司の顔。口もとが、一度かたく締まるのを部下は見る。
「・・・わたしは、軍人だ」
「あのときも、自分にそう言い聞かせていた。立派なもんだ。軍人になれば、人を殺しても罪に問われないなんて、最高の逃げ道だね。――あのとき何百人も殺した人間が、捕まって罰せられるほうではなく、捕らえるほうにいる。そうだ、きみのことだよ。ボウヤ。きみは、ついてるね。――誰に殺されたのかわからないうちに死んでしまえば、殺したほうは、怨みを買うこともない ――」
綱に腰掛けて足を組む男が、馬鹿にするかのように細く長い煙を吐いた。
「ごちゃごちゃうるせえ!いいから隠してる人間をはやいとこ出せって!」
何も言い返さない上司にいらだった部下が、立ち直り、叫ぶ。
「隠す?べつにぼくは、なにも隠していないよ。それは、そこにいるボウヤもよく知ってると思うけどね」
眼をむければ、男はじっと足元を見ていた。
「ぼくはね、別に18日という数にこだわりはないんだよ。なんなら、今ここできみたちの捜す男たちを『表』に出してあげてもいい」
弾かれたようにマスタングが動く。いきなり叫んで腕を引かれたハボックは、その手首に何かされたのを確かめる間もなく、右腕が、ひどい衝撃で上に引っ張られ、ひゅうと吸い込まれる感覚を味わった。
「――うっそ、だろ・・・」
痛む肩を心配する余裕もなく、それを眼にする。
ハボックの体は宙に揺れていた。
右手首には上官がとっさにはめてくれた手錠と、それにつながるロープ。
次に起こることがわかっていた上司は、テントの上を支える梁の一本へ投げ渡したその先をつかんで自力で登り、どうにか二人は宙に浮くことができたのだ。
その上官も、自分の少し上あたりで揺れながら下を見る。
地面が、くるり、と裏返されるところだった。
「ぼくはね、昔からメンコは得意なんだ。―ああ、きみたちは知らないか」
あいかわらず綱に腰掛け、組んだ足に上体をのせた男は、うまそうに煙を吐いて、パンケーキのようにきれいにめくれた、それを眺める。
きれいにひっくり返った後の地面には、ひどく高い壁で、細かく仕切られた空間が現れた。立体的な迷路だった。
「―これが、『裏』だよ。ほら、あそこに、小さなものが見えるだろう?」
白い指先がどこかを指せば、そこに、ぱっと、丸い照明があたる。
黒い、大きな虫がうごめく。
「あと、あそこと、そこと、ほら、あっちにも」
ぱ、ぱ、と次々に照明が追いかける。
「―あれらが、きみたちが捜す、行方知れずとなっている人間だよ」
「な、なにいって、ありゃ、虫だろ」
「疑うなら、降りてつまみあげてみればいい。顔は、そのままのはずだから」
すがるように、みやった上司は、しかめた顔を下にむけたままだ。
「どうしたんだい?降りないなら、元に戻すよ。――そして、ちゃんと明日、ご期待通りに、ミイラにして吐き出してやろう。なにしろ ――」
男の白い顔が、しっかりとマスタングをみて、笑う。
「―― ぼくが教えたことを、今もしっかりと覚えていてくれる、かわいい子がいるんだ。賢いうえに、素直で芯が強いなんて、――ぼくも欲しいぐらいだね。あの、金目童」
ぼっっ
「大佐!?」
ハボックが思わずロープを掴みなおし、二人は大きく揺れた。
むこうの綱に腰掛けた男が、炎にのまれている。
なんの、躊躇もなく、人を燃やした男を驚いて見上げる。
「大佐!いくらなんでも!」そりゃあ、あの、子どもの事だと、自分も気付いたが。
とがめられた男はさらに懐から銃を取り出した。
「――ひどいもんだ。人に火をつけておいて、さらに、鉛弾(なまりだま)で、撃ち抜くつもりかい?」
しゃべってる・・・。と口元をおさえた金髪へ、炎に包まれたままの男は笑いかけた。
「ぼくが、普通の『人間』だったら、死んでるところだよ?これだから、軍人は嫌なんだ。頭にきたらすぐに手をだしていいと思ってる」
「――手を、だすな」
「何にだい?きみたちに?足元の虫に?それとも、――ボウヤの大事な、金の子に?」
「・・・どれも、すべてにだ!!」
手にした銃器が火をあげ、破裂音が三度響いた。
とたんに暗転。
照明も、炎も、何の明かりもない闇に戻る。
ちゃら〜らら〜 らら〜ら〜
いきなり流れ出したメロディーに、あ、とハボックが声をもらす。
「 ご来場のみなさま おなごりおしくも お別れの時間でございます 」
「・・・さっき、破裂したおっさんの声だ・・それに、この曲・・」
初めて、このテントを眼にしたとき、車に流れ込んできた ―――。
金髪の戸惑いにもかまわず、炎にのまれていた男の声が告げる。
「―― 頼まれたいじょう、最後までやるさ。明日には虫たちは干上がって地上に戻る。あとは、きみたちの好きにしたまえ。今回は、骸すら残すつもりもなかったんだが、特別だ。あの子がぼくの話を覚えていた、記念にね」
「ちかづくな」
間も置かずに返されたそれに、相手が笑う気配。
「むかし、たまたまだよ。きみと違って、ぼくの暗示にかかる、素直な子だ」
「そうだ。わたしと違って、だれからも怨みを買うようなことはない」
「・・・へえ。ねえ、ボウヤ ――」
しゅ っぼ
燐(りん)が燃え上がる匂いが鼻をつく。
マッチの炎が揺らいだのは、二人の男を支える点となる、梁の上だった。
「 どうやらぼくは間違っていたみたいだ 」
すらりと立つ黒い影は、うまそうに煙草をすいつける。
独特な、香りが漂う。
作品名:「 次回、 開演予定― 未定にて 」 作家名:シチ