崖っぷちの恋愛
「ちょ、ま!? いや、そりゃたしかに夏希先輩のことは好きだけど、それはいわゆる憧れってやつでね!?」
「嘘つき」
たとえ、もし本当に憧れだとしても、夏希は健二のことが好きだ。かわいい後輩としてではなく、今はもう立派な恋愛対象として。
憧れの先輩と、弟みたいな年下の子。同じ好意を向けられれば、どちらを取るかは一目瞭然だ。そんなの、考えるまでもない。
……だから、
結果的には、あまり変わらない。
「嘘じゃないってば! そういう意味では佳主馬くん誰にも負けてないから! そんなことしなくても大丈夫だから!」
「嘘」
なにを焦っているのか、せわしなくまたたきを繰り返しながらそう言い募る健二の言葉は、すべて嘘に聞こえた。
健二には、嘘をついているつもりなんてまったくないのだろう。それは、わかる。
(わかるけど)
そう遠くない未来に夏希が動き出せば、それはすべて嘘に変わる。
だからこそ、先手を打とうとしたのだから。
もしかしたら、という願いを込めて。
「ホント! 急ぐ必要なんかどこにもないって。佳主馬くんに対する責任なら、ちゃんと取るから!」
「……嘘だ」
「ホントだって……ああっ、もう!」
健二が乱暴にそう言い捨てたとき、佳主馬は特になにも考えてはいなかった。ただ、もうリベンジはできそうもないと、そんなことをぼんやりと思っていただけだ。
それに、その後の展開をそのとき予想することができなかったのは、佳主馬の想像力が貧困だったからではない。決して、ない。
ただ、驚いたのはたしかだった。
「……え」
「僕は佳主馬くんのこと、好きだから」
いつの間にか腰に回っていた腕の力に引き寄せられ、そしてあごにかかった手に上向かされて。
「夏希先輩よりも……誰よりも、ずっと」
そんな、ささやきと共に。
──唇が、塞がれたから。