答えは簡単
言い包められた。
ダボダボの臨也さんのパジャマを着て、ベッドの端に横になる。
必死に端に寄ってるのに「落ちるよ。」と、引き寄せられた。
密着した体温を感じて、僕は眠ろうとしても眠れない。
それなのに追い打ちをかけるように臨也さんは「ねぇ」と、僕の耳元で囁く。
「なんですか?」
「シようよ。」
一気に鼓動は跳ね上がる。
ばれたくなくて、自分の胸を必死に押さえた。
「なに、いってるんですか。」
「いいでしょ?俺、此処最近ずぅっと甘ったるかったからさ、胸やけしてるんだって。帝人くんみたいな淡白なもので口直ししたい。」
後はもう、流されるまま。
口直し程度の価値はある自分に喜ぶべきか、悲しむべきか、わからないまま生理的な涙を流すことになった。
朝、気だるい身体をどうにか起こして、キッチンへ行くと臨也さんが鼻歌を歌いながら機嫌よくコーヒーを淹れてるところだった。
「あ、おはよ、帝人くん。帝人くんもコーヒー飲む?」
「あ、はい、いただきます。」
ミルクだけ入れて貰ったコーヒーを一口飲んでホッと息を吐く。
臨也さんはご機嫌に朝ごはんらしきものを作っている。
穏やかな時間だ。
僕はふと、未来のことを考えた。
きっと1週間後、下手したら3日後、こんな朝をまた迎えることになるだろう。
1ヶ月後、半年後、一年後は?
そう考えて、急に怖くなった。
臨也さんがこれから先、僕を一番に大切に思うことなんて無いだろう。
そして、僕以外の誰かを大切に思うこと・・・それはいつか来るだろうけど、まだだいぶ先だと思う。
僕はいつ来るかわからにその日に怯えながらずっと、ずーっと臨也さんの思い通りに動く。
それは簡単に予測が出来た。
嗚呼、そんな青春、悲しいかも。
「臨也さん。」
「ん?」
フライパンで炒め物をしていた臨也さんがこっちを見る。
「僕と別れてくれませんか?」
言ってから、あれ?と思った。
今、僕は何を言ったんだろう。
取り消すことも出来ないまま僕は自分で言ったくせに固まった。
臨也さんもフライパンからジュ、ジュジュと焦げたような音がするのにも関わらず、沈黙したままだった。
どうしようこれで『え?俺たち付き合ってたの?』とか言われたら・・・もう立ち直れない。
「・・・あ、うん。」
臨也さんはそれだけ言って、またフライパンに視線を落とす。
…了承されたのだろうか、よくわからないが僕はいたたまれず適当に服を着替えて適当に荷物を持って玄関へ向かう。
「…朝ごはん、いらない?」
臨也さんがキッチンの方でそう言うのが聞こえたけど、それは無理だ。
別れを告げた相手と次の瞬間には仲良く朝ごはん食べるって、どれだけ滑稽な話だ。
「お、おかまいなく!」
僕はそう叫び臨也さんちを飛び出した。
走って走って走って、
息切れで苦しくなって立ち止まった。
別れて、しまった。
あんなに必死にしがみ付いてたのに、自分から手を離した。
後悔はものすごくしてる。
もう二度とあの部屋に入れないのだと思うと、大声をあげて泣きたくなる。
だけど、それと同時に安堵もした。
もう怖がらなくていいし、傷つかなくて良い。
今はどんなに悲しくても、いつかくる惨めな未来はこうした方が現実にならないかもしれない。
それなら、その方がいいと思った。
*
帝人くんと食べようと思ってんだけどなぁ。
俺は明らかに1人分には多すぎる量のケチャップライスを見て肩を落とす。
本当はオムライスにしようと思ったけどその気力も無くて、中途半端にケチャップライスになった。
昨日まで居た甲高い声の煩い女を漸く追いだせたから、今日は帝人くんと二人きりでのんびりと過ごすつもりだった。
二人でオムライス食べて、二人でDVDでも見て、二人でなんでもないことを話して、…天気が良くなりそうだから二人で散歩をしても良いかもしれない。
そんな俺の計画はついさっき全て駄目になった。
テーブルに置かれたコップはさっきまで帝人くんがコーヒーを飲んでたやつだ。
まだ半分も残ってるし、湯気もたってる。
そう、帝人くんはほんとについ先ほどまで此処に居たんだ。
俺のベッドで眠ってたし、昨晩はこの腕の中に居た。
でも、俺たちは別れた。
そう自覚した瞬間、俺はブルリと肩を震わす。
別れた?
それは、もう帝人くんがリビングのソファに座ることも俺のベッドで眠ることも俺に笑いかけてもくれないということだ。
今さら、それがものすごく怖いことの様に思えた。
*